月に舞う桜
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2006年08月25日(金) |
愚かで孤独な金曜の夜 |
TOKIAに行ってみた。TOKIAは丸ビルの近くにあって、元々は東京ビルディングというオフィスビルだったのが、近頃の丸の内ブームに乗っかって(乗っかったのかブームを引っ張っているのか、本当のところは知らないけれど)リニューアルされたものだ。 地下1階〜3階にはレストランとリラクゼーション施設が入っているけれど、それより上の階は今まで通りオフィスになっている(らしい)。なので、ビルに入ると各社の受付け嬢が座っていて、それ以上奥へ入れないようにゲートも設けられている。天井が高く、壁と床はグレーでロビーは薄暗い。そのせいか、やけに物々しく感じた。社員が首から下げた社員証をかざすと、ゲートがブーンと開く。 私だって職場では社員証を首から下げているし(社員証ケースのひもは、どうして決まって青なんだろう)、毎朝社員証で入り口を開けて入っている。でも、TOKIAに入っている企業やそこで働いている人たちの方が断然格調高い気がした。だって、うちの職場はあんなに立派なビルじゃないし、澄ました顔の受付け嬢なんていないし、社員証で開けるのはゲートじゃなくてしょぼい自動ドアだし、びしっとスーツを着こなして颯爽と歩くビジネスマンもキャリアウーマンもいないのだ……と言ったら怒られそうなので、スーツを着こなすビジネスマンはいると言っておこう。
友達と5時に待ち合わせ、夕飯には少し早いけどだらだら食べようということで、地下の中華料理店に行った。が、「6時半までなら、こちらのテーブルが開いておりますが……」と言われる。そのあとは予約でいっぱいらしい。何てこったい、そう言えば今日は金曜日。夏休みですっかり曜日感覚を失っていることを思い知らされる。仕方がないので6時半までいることにした。 2軒目に行くことを考慮して「腹五分目」を合言葉に料理を選ぶのだけれど、メニューを見ながら思わず「腹八分目だよね」と口走ってしまい、友達に「え、五分目だから」と突っ込まれる。腹八分目じゃ食事は終わりだよ、2軒目に行けなくなっちゃうよ、何て食い意地が張っているんだ、私! そこは小龍包が売りのお店で、私たちもそれを目当てに行ったのだけれど、期待を裏切らないおいしさだった。小龍包を食べると決まって舌を火傷するけど、今日のは、出てきたときの熱さまでが私には程よくて。店員さんおすすめの蜂蜜入り梅酒、それから前菜と小龍包とフカヒレ。それらを全てお腹に収めると、ちょうど6時20分だった。我ながら素晴らしい時間配分だわ。
で、2軒目は近くにあったレストラン。パスタやピザがあるかと思えば、香港風ナントカとかベトナム風ナントカとか聞いたことのないソース(?)で味付けた料理とか、極めつけはデザートにわらび餅やこしあんの挙げ春巻きなんていうものまであって、いったい何料理の店なのか、何を目指しているのかよく分からないところだった。インターネットができるようにノートパソコンが置いてあるのだけど、パソコンが使われていないときはお店のPR画面が点滅していて、パソコンの方を見ていなくても目がチカチカするし、壁にはこれまた何を目指したいのか不明な古ぼけた外国の写真が貼ってあって、本当によく分からないお店だった。よく分からないので、私の中では「これはたぶんワイルドということなんだろう」と思うことにした。いずれにせよ、アラビアータがおいしかったので、何も問題はない。 そこでようやく、だらだらと食事をし、お店を出たのが10時過ぎ。だらだらにもほどがある。
「食事は20分で終わってしまう。ピクルスとパセリの残った皿を、美代子は脇へ押しやって時計を見る。短い時間で昼食をすませることも、美代子には大切に思える。時間をかけてここぞとばかり愉しむような、愚かで孤独な若い女や、暇で孤独な主婦とは違うのだ。」
上の文章は、江國香織の『号泣する準備はできていた』に収録されている「こまつま」という短編の一節だ。私はそれを、ちょうど東京へ向かう電車の中で読んだばかりだった。主人公である美代子という主婦がお気に入りのデパートへ行き、買い物のあと、お気に入りの洋食屋で昼食を摂る。その場面だ。 美代子が大切に思うのは「昼食を」短い時間で済ませることであって、私がだらだら時間をかけたのは夕食だ。だから厳密に言えば関係のない一節かもしれないけれど、ともかく私は上の文章を思い出して苦笑したのだった。 確かに、私は愚かなのかもしれない。それに、ある意味ではひどく孤独だ。でも、自分がたとえ「愚かで孤独な若い女」なのだとしても、私はそれを良しとする。若いうちに愚かでいられるのは、何と素敵なことだろうか。孤独であることに自覚的であることも。若いうちに愚かでいられなかったり、孤独の意味を知ることができなかったりするのは悲惨だ。それに、できれば年を取ってまで愚かでいたくはないので(だって、それは今の私の基準では醜いことだから)、今のうちに――まぁ、20代のうちに――思い切り愚かでいようと思う。
デザートにはマンゴーのパイとマンゴーのシャーベット。この夏はデザートにマンゴーばかり食べている気がする。友達が頼んだフレンチトーストはシナモンのいい香りがして、もうお腹いっぱいだと言うのに食欲をそそられた。 帰りの電車では、サラリーマンが端の席に座り、手すりにもたれてイビキをかいていた。このおじさんは乗り過ごさずにちゃんと帰れるのだろうかと思いながら、そう言えば今日は金曜日だったなと、再び薄れていた曜日感覚を取り戻す。 家の近くで雨がパラパラと降り出し、帰って浴槽に浸かる頃にはザーザー降りになっていた。何というグッドタイミング! そんなこんなの、土曜日に変わる直前の金曜日の夜。
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