自分を許し、愛し、ほめよう。誰もそうしてくれないなら。そうするうちに誰か、私を愛してくれる人が出てくる。今現に私は愛されている。自信を持つことだ。一にも二にも自信を持つことだ。自信を持つ人間は、何かを持っていると人は尊重してくれる。張ったりでも良い。もちろん根拠があったほうがいいから努力は必死でする。必ず自信が芽生えて来るものだ。私はトイレ掃除をしている。それが大きな自信になっている。言葉よりひとつの実践が自信になる。 私は完璧な存在だ。私の悩みは取るに足りない。ない欠点を無理やり作ろうとすることが私の欠点だ。自縄自縛に陥る。馬鹿は馬鹿として扱い、絶対相手にしない。それで問題は100%解決だ。優柔不断な態度を取らない。私は正義感が強くて、不正を許すことができない。そのために損をしてきた。でも相手にする必要はないと気づいた。私は完璧な存在だからだ。完璧な人間が悩んで、劣った邪悪な人間が攻撃して利得を売る。それがこれまでの私の人間関係だ。私は完璧な存在であるから、気に病むことは何もない。ゆっくりこの勝利を楽しんでいればいいだけだ。切り替えが肝心だ。完全無欠な私は、何の労苦もなく初めから人の上に建っている。そう考える根拠は、トイレ掃除と感謝だ。これができる人間は完全無欠で、人の上に立っている。自信が大きいということに気づいた。自分を許し、愛し、理解し、最大限甘やかす。そうしないと自分は機嫌よく働いてくれない。人に対するときも同じだ。私が全てのデリ上に愛されるのは、私が、彼女らを許し、愛し、信じているからに他ならない。完全無欠な私の愛が彼女らの心を開くのだ。人は皆うまれながらにして、完全無欠である。ところがある日突然、自分に欠点があるんじゃないかと思い始める。悪い親、悪い教師によって、虐待を受け、混乱し、傷つき、ついに自ら自分を傷つけるようになる。そうすると悪い親や教師の間違った考えは実現してしまう。やっぱりあんたは悪い子だったという。お前らがそうさせたんじゃないか。完全無欠だった子供を悪や暴力で破壊したんじゃないか。何一つまともなことがわからない哀れなやつらよ。一刻も早くこの世から立ち去れ。 私は完全無欠な存在である。これといって直さなければならない点はない。ここが悪いあそこが悪い、これが悪いからこんななのだとか、そんな考えは一切必要ない。生まれながらにして、今日に至るまで、完全無欠であって、完璧な存在である。もう一度言おう。直さなければならない点はない。きちがいに責められて、自分が悪いんじゃないかと勘違いして、気弱にも自分を責め始める。全くおろかな行為だ。私は悪くない。自信を持つことだ。自信のない人間に誰も仕事を任せない。自信がないと自分でもやりたくないはずだ。自己否定し、引きこもりがちになる。引きこもる必要はなかった。最悪の選択だった。でもその中でも私は大きなものをつかんだ。幸せを手中にした。脳にダメージを受けたといっても私の完全無欠せいは傷つくことはない。後は忙しく仕事に遊びに没頭していればいいだけだ。
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