希望の日記

2010年10月01日(金) 晴れ

いくつかの理由で、許せるようになった。うざいことはいくらでも自分から避けられる。ならばうざいことは存在しない。うざいことは危険を教えてくれているわけだが、それを理知の力で把握してしまえば、合理的にそれを回避できる。危険予知の理論だ。それから女は弱い哀れな存在だということだ。あのばばあでも同じことだ。脱力するくらい哀れな存在だ。許す以外なかろう。許すことは切り替えの理論にも合致する。世の中全て切り替えによって成り立っているということだ。法律も道徳も、仕事も人生も、人間の認識の仕組みも、全部切り替えで成り立っている。許しは切り替えの最たるものだ。いかって復讐に燃えるのでもない。さりとて、負けて、逃げてしまうのでもない。第三の最も素晴らしい解決だ。魂が一段成長すると同時に、自分を守る最強の方法だ。許すことは噛み切れない肉を吐き出すことできわめて自然なことだ。切り替えない奴は、まずい堅い肉をいつまでも噛み切れないのに噛み続けている哀れな奴だ。飲み込むことができなければ、吐き出すことしかなかろう。吐き出すと心身ともに楽になって健康になる。
切り替えはトラブルを避ける唯一最高の理論だ。全ての人が無意識に実践してうまく行っている。古今東西の人が、切り替えることで、トラブルを避けるどころか偉人になる人もいる。これは争わず、競わず、努力も要らず、苦しむこともなく、一瞬で自分が変わることで、状況を一変させることだ。魂が一段上がり、たちどころに問題がなくなる。これができないと、いつまでもこだわり、トラブルに巻き込まれ、ついには病気になる。あるところで切り替えないと大変なことになる。うざいことが問題になり、命取りになる。トラブルが好きならそうしているがよい。でもそんな奴はいない。切り替えれば簡単に、問題がなかったことに気づく。トラブルは無限に自力で避けられると気づく。問題は一切初めから永遠に存在しないことに気づく。愚痴も不平不満も、悪口も言う必要もないことに気づく。むしろ感謝の気持ちを述べたいだけということになる。いつもいつまでも幸せだと確信できる。切り替えで、こんなにも幸せになれる。
あのおばはんは、正観さんの教えを見事に実践しているんじゃないかと思う。人に喜ばれるような存在になろうと努力しているようだし、幸せなようだし、人に尽くす人生を送ろうとしているし、女は皆そういうことを本能的に知っているんじゃないかと思う。自分が変わったからといって人は変わらない。でも昨日まで憎かった人間が、可愛く、役に立つ、自分のファンになってくれるときがある。それは自分が変わったときだ。昨日ばばあが私にヌガーを持ってきてくれた。私はためらうことなく食べた。頑張って、感動してでもなく、淡々と食べた。そこまで変わったんだなと思った。変わることはこんなに簡単で、気持ちのいいことなんだなと思った。


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