糞ころがしを許してみよう。サリンのような奴が今のところ何もしないということは奇跡だ。もう何もできないということだ。うざくなくなったということだ。気にならなくなったということだ。今こそ男らしくなろう。全ての女を許そう。女は馬鹿で可愛いものだ。本当に哀れな存在だ。許し、愛さないといけない。そうすれば、それに応えてくれる。 きちがいは、サリンのような奴だ。それは変わりがない。いつでも牙をむいてくる。でも許す。そうしないと生きていけないからだ。人生を楽しめないからだ。でもうざさは消えないだろう。あの馬鹿は永遠にうざい。でも許す。なぜそんなことが可能かというと、切り替えだ。一瞬一瞬でも切り替えることができる。どちらかに固執すれば危険なことになる。危険を避けることはできない。危険はやってくるもの、避けるもの、戦うものではない。避けたからといって弱いわけではない。 女を許してやることができた。女は強がっても弱い、哀れな存在だ。許す以外になかろう。許すことは噛み切れない肉を吐き出すことだ。それは飲んでも消化されない。うざい事はいくらでも避けられる。我慢しなくても良い。そうするとうざいことは存在しないということだ。そう思うと許すことができた。切り替えという考えとも一致する。切り替えないと気が狂ってしまう。人に不快感を与えてしまう。これから10年間、頑張って生きていこう。
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