切り替えが大事だ。自分のゆがんだ考えを手放したかったら、思い切って切り替えて、正観さんや、マザーやガンジーの考えに100%入れ替える。簡単なことだ。それだけで結ばれていた心が解ける。それを仏という。悟りは簡単だ。仕事も切り替えだ。力や根性や、いじめはいらない。切り替えて頼まれごとは素直に引き受けて、淡々とやる。切り替えて、ありがとう、おはようを言う。切り替えて掃除をやる。切り替えて、災いやうざい奴を気にしないようにする。切り替えて、過去の不幸を嘆かない。愚痴、不平不満、文句、悪口を一切いわない。切り替えて、女遊びは止める。法律は切り替えの塊だ。道徳もそうだ。文学実感主義の私はついていけなかった。でも今なら、文学なんか二の次だといえる。切り替えは立場を自由に切り替えることができる能力だ。相手の身になること。これまでの欲望や恨みをぱっと手放すこと。こだわりも仕事には必要だが、切り替えも必要だ。こだわってばかりだと結局何一つできないし、病気にさえなる。トラブルを起こすようになる。自我なんか重いものは捨てて、ただ素直に、正観さん、キリスト、仏陀、マザー、ガンジーの言うことを愚直に実行してみる。感謝することも切り替えだ。自分に堅く執着していたら、ありがとうもおはようも笑顔も出てこない。われを忘れて相手の身になるから、愛語が出てくるのだ。今の仕事だって、周りのサポートがなかったら、絶対勤まっていない。そもそもあの女が辞めてくれたから、仕事が見つかったのだ。その仕事もミスばかりで、サポートと寛容なしにはやっていけない。感謝するしかないじゃないか。怒ってくれるのも愛情だ。どうでもよかったら怒らない。それを女みたいにすねてはいけない。私も男らしくなるときが来たようだ。優柔不断からおさらばして、健康的、倫理的、自由な人生を生きるのだ。 優柔不断の反対は、切れたり、怒ったりすることではない。ましてや暴力ではない。切り替えだ。心や頭を切り替える。すると、うざいことが直ちに消滅して、幸せになる。問題など存在しないことがわかる。
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