何か正観さんの本を読んでいると悟りを開いてしまいそうだ。本を読むだけで悟りを開けるなんて。でも始まりは座禅だった。実践スピリチュアルだった。あの本を書いたおっさんに感謝。それは今も続けている。座禅をすると脳が静かに高速回転を始める。自転車こいでいるときも同じだ。静かなんだけど高速回転。悩みが吹き飛ぶ。泡のように浮かぶが、泡のように消えていく。今アルコールの害で、知能が衰えているので、情報処理能力は以前と比べ物にならないほど落ちた。でも今の自分が好きだ。愛される資格は今のほうがあると思う。人を明るくし、幸せにできるのは今のほうだ。現に、くうちゃんと、あんりを可愛がっている。以前には考えられなかったことだ。心がほどけていき、幸せを味わい、楽しみ、喜ぶことを自分にようやく許すことができるようになった。これ以上何もいらない。今日も明日もありがとうといって淡々と生きていくだけだ。私の長い旅はやっと終わり、今、新しい旅が、一人ではない楽しい旅が始まろうとしている。淡々と目の前の人を大事に、念入りに生きていこう。それが日本人だ。奇跡を起こそう。静かな奇跡を。生きていることが奇跡なんだけど。それを一人でも多くの人に知ってもらおう。 ただでいくらでも幸せになれる。いくら幸せになっても引け目に思わない方法は、ありがとうを言うことだ。自分が幸せなことはあなたのお陰ですという表現だ。これで、後ろめたさは消滅する。 うざい人、もの、ことはいくらでも避けられる。うざいことをうざがることはそのものにパワーを与え、それに支配され、やられることだ。避けられるということは存在しないも同じだ。
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