希望の日記

2010年07月06日(火) 晴れ

今日派遣の女性が辞めると聞かされた。私が仕事を引き継ぐのだそうだ。こんなことは前代未聞だろう。でも仕方ない。力及ばずこんなことになってしまったというのか、これは会社の温情と見るのか。リストラの一環とみるのか。どれも正しいだろう。でも仕事ができたのは確かだ。仕事頑張っていこう。私には難しい仕事も与えられている。それも頑張っていこう。
なぜ悪いことをするのか。悪いことが好きだからか。習慣になっているからなのか。性格なのか。人を嫌いなんだなと思った。人が嫌いになって、悪いことをするのだ。宅間の気持ちがわかると思ったりするのは、人が嫌いだから、わかるということだ。だけど人を好きになったら、世の中面白いと思う。好きになって損をするだろうか。だまされやすくなるとか。この間財布を盗られたけど、命まで危うくなったわけではない。人を好きになろうと思う。そうすれば悪いことは考えなくなるし、しなくなるんじゃないか。あのきちがいにしても、嫌いだから腹が立つ。死ねとか思う。本人は生きる気満々なのに。あんな奴でさえも嫌ってはいけないのだ。嫌うのは自分にとって損になる。あんなくそみたいな奴が、人類の宝というべき私にこれだけ危害を与えた。もう元には戻らない。教訓はどんなひどい奴でも、嫌いになっては損だということだ。宅間のような奴でさえ、嫌うことは得にならない。宅間以上のあのきちがいでさえも嫌いになってはいけない。きっと自分に返ってくる。好きになる必要もないが。好きでも嫌いでもないという状態でよい。
鉄塔家族を読んでいる。悪い人が出てこない。普通世間の大多数の人間はそうなんじゃないのか。私だって悪くない。道徳的におかしい人間を嫌いになった結果がこれだ。道徳的におかしいからといって、私には関係ないから、嫌いになってはいけない。危害を加える場合がある。婆は大概そうだ。好かれる点なんか全くないのにもかかわらず、嫌われると危害を加えてくる。妖怪だ。人間ではない。何かを考えて行動しているのではない。絶対相手にしてはいけない。
座禅のお陰で仕事が回ってきたんじゃないか。座禅のお陰で、人としゃべれるようになったんじゃないか。座禅は素晴らしい。
誰とでもしゃべれると思うのは間違いだ。変な奴も中にはいる。変だと思って嫌うと危害を加えてくる。ますます変だ。私は悪いことなんてしていない。嫌うのもめんどくさい。嫌うのは存在を認められていると思って、ますます絡んでくる。絡むのはきちがいの得意技だ。それしか相手にしてもらう方法がないのだ。自分がまともだからといって、まともな方法が通用すると思ったら大間違いだ。まともなじゃい奴が多いのだ。嫌いになるということは相手にするということだ。決して相手にしてはいけない。


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