希望の日記

2010年06月23日(水)

付き合っていい人間と悪い人間がいる。誰とでも誠意で通じるというのは間違った考えだ。気をつけないといけない人間はいくらでもいる。絶対相手にしてはいけない人間はいっぱいいる。喧嘩するということは相手にしているということだ。本当に相手にしないということは、喧嘩もしてはいけないということだ。無論仲良くする必要もない。ここ数年、あのカウンセラーにそそのかされて、いろんな人間と付き合ってきたが、本当に有害無益だった。取り返しのつかないダメージを負った。だめなものはだめだ。許しが必要ならいくらでも許す。でもだめなものはだめだ。自分に危害を加える人間を許すことは到底できない。人と仲良くするなんて無理だ。自分に危害を加える人間を、きちんと遠ざけられる力を得てから出ないとだめだ。考えることさえ必要ない。有害だからだ。すきさえあれば危害を加えようと虎視眈々、狙っているきちがい。私のすべきことは自分を守ることだ。
今日は6月26日だが、書ききれないのでここに書く。朝からいろんな思いが押し寄せる。改心のときを迎えている。脳はダメージを受けていて、仕事もできない状態だが、スピリチュアルのほうは進んでいく。頭悪くなっても良いじゃないか。仕事が多少できなくなっても良いじゃないか。馬鹿にされても良いじゃないか。人付き合いできなくなっても良いじゃないか。スピリチュアルに正しいこと。悪を取り除くこと。善をのみ行うこと。悪は絶対救いにはならない。続けていくことはできない。若い頃ならごまかしが聞いた。若気の至りでもすんだ。でも50を前に改心を迫られている。このまま悪人として死んで行くのか。悔い改めて、良く働き、善行を積んで生きていくのか。善を選ぶだろう。善は恵み深く、幸せにしてくれる。行うだけで幸せになる。悪は考えるだけで、魂が汚れ、言葉や行いでももっと汚れる。その害毒はやがて、心身を滅ぼす。だから誰も悪には手を染めない。小さい頃から堅く言い聞かされている。私は幼くして悪の魅力に取り付かれ、少しくらいなら良いだろうと、あくに親しんでいるうちに、雪だるまのように膨らんで、取り返しがつかないことになってしまった。悪は魂を蝕み、精神障害まで引き起こした。一度は自殺未遂までやって、死の寸前まで行った。会社にそんな奴はいない。悔い改めないと大変なことになる。あのきちがいは天が私に差し向けた刺客だ。私は自分自身の悪が放つ毒にやられて、倒れたのだ。緊急避難的に物理、社会、心理的に距離をとることは必要である。でも本当にやるべきことは改心することである。悪を追い出し、悪と決別し、罪を償い、思考と言動を改めることである。あの前の席の女もしつこく攻撃するのは私の悪である。あんな風体でも正義感が強いのだ。ここに至って、悪と決別するときが来た。猶予はない。今すぐに始めないと時間がない。あんな気違いは相手にしている暇はない。もう頭が悪くなって、力で自分を守ることはできなくなった。悔い改めるときが来た。悪と決別し、善を行おう。悔い改めて、罪を償おう。天国に行こう。
自分に興味がなくなった。頭が悪くなって、前みたいに魅力がなくなった。悲しいことだ。寝てるしかない。このまま朽ち果てていくのか。考えてもいい考えが浮かばない。おかしくなってしまった。人と会話ができないくらい自分にも人にも興味を感じなくなった。認知症だろうか。何もわからなくなって死んでいくのか。何かわからなくなってきた。何もかもめんどくさい。生きているのが面倒だ。何もわからなくなってしまった。何もできなくなってしまった。人と付き合うこともできなくなってしまった。会話すらできない。仕事ももちろんできない。会社では見放されている。もうじき解雇されるかもしれない。悪が理由ではなく、無能を理由に。実際そうなのだから仕方がない。馬鹿にされても反論できない。生き抜く力がなくなってしまった。
しんどい。まだ寝ている。なかなか回復しない。無理して具合悪くなるくらいだったら、のんびり行った方が良い。仕事より、自分優先だ。ゆっくり作戦に変更しよう。ゆっくりのんびり、スピリチュアル優先。善悪と考えすぎない。ゆっくり路線変更してゆく。それで良いじゃないか。人間そんなに簡単には変われない。ゆっくり変わっていこう。悪より善が良いに決まっている。でもゆっくりに限る。この病気、焦りは禁物だ。数十年、染み付いたものは簡単には取れない。ゆっくり正しい方向に歩みだしていこう。あまり性急に自己批判とかしなくて良い。いつものペースでやっていこう。
少し落ち着いた。以前だったらパニックになっていたところが、薬なしでも乗り切れるようになった。大きな改善だ。こういうときこそ、落ち着いて、のんびり構えて生きていくのだ。改善があったらあったで良いし、なかったらなかったできにしない。私は病気なんだ。朝からずっと横になって寝ている。本当にしんどい。自分や他人を責めてはいけない。人や自分を責める考えは、悪の痕跡だ。悪は簡単には去っていかない。スピリチュアルの積み重ねで、ようやくコントロール可能になる。悪は狂気と同根で、根深い。根絶ということは難しく、共存ということしかできないだろう。それでも良い。一歩一歩歩いていこう。いい方向に進みだしたのだ。今すぐ完全な満足が得られるとは思わない。障害を悪とは考えずに、気長に付き合っていこう。
悪とは決別したいが、そう簡単にはいかない。心と体にしみこんでいる。薄皮をめくるようにはがしていこう。スピリチュアルに打ち込もう。善も悪もない境地に行く。ゆっくり行こう。具合悪くなるとは思わなかった。ゆっくりしよう。悪は良くない。病気を悪化させる。悪を諦めよう。悪が助けになることは決してない。悪い人間が見つけて攻撃してくるか、権力と衝突してまずいことになるかだ。買い物行くのもしんどい。出るのもしんどい。顔洗うのも面倒だ。席の前に座っている奴が、私をいびる。いつものことだ。相手にしない。決して怒らない。考えない。態度を変えない。態度を変えると相手にしていることになるから面白がってもっとやるだろう。何かが通じるとか思ってもいけない。そういう努力はむなしい。あのきちがいも同じことだ。何かが通じたことはないし、これからもない。動じないことだ。あんな人間が存在するという事実に動揺しないことだ。世界は揺るがない。あんな珍化な奴のために世界は揺るがない。暴力を振るったり、危害を加えたりするやつがいる。会社には。病理現象だ。会社が一種の暴力装置である以上、そういうことは日常的に起こりうる。自分を守らないといけない。自分を守ることを最優先に考えないといけない。動じないことだ。非暴力を貫く。物理的、社会的、心理的に距離を保つ。あのきちがいの場合は成功した。何もできないといったら何もできないのだ。何でこんなに苦しい人生なんだろう。何で私だけ、と思う。でも100人に一人はこの病気で苦しんでいる。焦らずゆっくり、付き合っていこう。
基本的信頼感は回復された。後はゆっくり、心と体が動き出すのを気長に待つ。元通りにはならない。でも50%で良いから戻るよう静かに待とう。祈ろう。きちがいはいなくならない。会社が暴力装置である以上、きちがいははびこる。スポーツ出身の強姦野郎はのさばる。邪悪極まりないきちがいはのさばる。非暴力で対抗することだ。正義は勝つ。もう5時半だ。食事にしよう。食事にしてじっくり治そう。そういえば今日は昼を食べてない。どんだけ不調なんだ。こういうときもある。休みでよかった。じっくり休もう。正しい道に動き出した証だ。


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