自分を許すということはいいことだ。この件もこれで終わったんだと思うと喜びがふつふつと沸き起こってくる。男らしく振舞えばいいのだ。マッチョに振舞えば。石原慎太郎みたいに振舞えばいいのだ。それで満足なんだ。頑張ろう。キチガイのことは気にならなくなった。味分を許すことは大事なことだ。ミスが多いのは今に始まったことではなくて、今思い悩むことはない。課長に与えられた仕事を地道にやっていくだけだ。 ハードルを低くする。できないことはできない。会社に座っているだけでよしとする。自分を責めない。会社にいけないことだってあるんだから。勝間本は面白い。忘れていたことを思い出す。忘れていた情熱を思い出す。低いレベルから、高いレベルまで導いてくれる。ビジネスの熾烈な競争の世界に導いてくれる。 キチガイは卑劣で邪悪な強姦魔だ。そのことを忘れてはいけない。そのことを忘れて仲良くなんてできない。この世に卑劣な強姦魔がいると言うことが信じられなくて、許そうとする。そしてまた同じ被害に会う。これが私の純粋さだ。それに付け込む大阪婆の卑劣さ。許すことはできない。私は絶対に正しい。この件はこれでようやく片付いた気がする。私は徹底的にキチガイを無視することと、キチガイ婆がそれを受け入れざるを得ないことと。この二つで収束に向かう。そう確信した。何もまねなんてできないんだ。いくら真似しようとしても馬鹿には天才の真似なんかできない。 臨戦態勢が必要だ。嫌いなものは嫌い。許せないものは許せない。一度自分を傷つけたものは必ず同じことをする。私はキリストや仏陀やマザーテレサの教えに従って、全ての罪びとを許すことを知っている。しかし今現に傷つけ、苦しめている人間までも許すことはキリストにもできないだろう。正当防衛の範囲だ。許すことができるのは相手が真摯に反省し、謝罪したときじゃないだろうか。この問題は終結した気がする。あいつは私のそばに送るとまた私を傷つける。虫と一緒だ。虫にさすなといってもだめだ。サリンに傷つけるなといってもだめだ。吸うと死んでしまう。モラハラで私の心を殺した。この重罪を許すことはできない。男らしく振舞おう。許すことと許せないことがある。せっかく男に生まれてきたのだ。男らしく振舞おう。許すのはあいつが卑劣で邪悪な行為を反省し、真摯に謝罪したときだけだ。この一線は譲れない。中国やアジアの国々も村山談話があって初めて、許そうという気になったのだ。反省も謝罪もないまま、ずるずる邪悪で残忍で、卑劣な行為を許す必要はない。絶対にできない。私は自分を抑えすぎなんだ。全ての欲求を抑えすぎなんだ。自己主張をしよう。 酒を飲んだ。キチガイのことはどうでも良くなった。大変良いことだ。頑張って生きていこう。キチガイは一日二度来る。関係ないと初めて思えるようになった。 しんどい。いじめにあっている。仲間外れにあっている。気にしないほうがいい。関係ない。課長直属なんだ。堂々と生きていこう。 いじめにあっている。わけのわからない理由でいじめられている。わけのわからないおっさんだ。気にしないほうがいい。基本的に高卒とかそれ以下の人間と話は合わない。 いじめなんか気にしない。世の中はめんどくさいものだ。やってられない。あの女は良くやっている。まねできない。 卑劣な強姦魔。許すことはできない。俺をいじめるやつは絶対許さない。俺をいじめるやつは精神障害者をいじめるやつだ。全国500万の精神障害者をバックに闘う。
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