希望の日記

2009年08月26日(水) 晴れ

嫌いな相手と共存する方法は封じ込め以外ない。卑屈になる必要はない。機知がい婆を封じ込めるのだ。hkiを封じ込めるのだ。欲情してくる場合があるが適当にあしらっていれば、嫌になって寄ってこないだろう。私は人を好きになることはない。でも博愛という心は必要だ。善は博愛を要求する。自分を攻撃する潜在的可能性のあるやつは堂だろう。すべてそうである。仮想敵である。すべての人間は。それでも仲良くするだろうか。博愛の対象にするだろうか。しなければならないと思う。ただし、hkiはべつだ。あれは完全な封じ込め、仮想敵としての扱いで十分だ。過去に博愛の対象とし、仲良くすることで、半端なく傷ついた。人格を破壊された。もっとも重大な罪だ。許すわけにはいかない。善は労働を好む。エンパワメントだ。ただ何となく生きていても仕方がない。成り上がって生きていこう。三木谷のようにはっきり目的を持って生きていこう。そうすれば文句は言わなくなる。自分や他人に文句は言わなくなる。
善と博愛に生きていこう。友愛といっても良い。本心からそう思っている。人から欲情されても受け入れる勇気を持とう。そうすれば選挙のときに一票を得られる。それはこいつを首にするかどうかの一票、こいつの給料を上げるかの一票、現実に意味を持ってくるのだ。博愛というものは、人のためではないのだ。
博愛の基礎には感謝がある。感謝を喜ばない人はいない。よほどの極悪人を除いては。一時期の私みたいに。善と博愛と感謝。感謝、感謝、あの企画の女性にも大変な世話になった。感謝しなくてどうするんだ。一生足を向けて寝られない。善と感謝。博愛。博愛とはどぶに倒れたうじに食われた人を、洗って寝かせることまでも含むのだ。
善を徹底するためにはどうしたらいいのだろう。どうしてつじつまの合わないことをしてしまうのだろう。
善と知と愛を趣味にしよう。そうすれば世の中うまくいく。
今日は産業医の診察があった。悪いなりに頑張っていることをいったら、評価してくれた。
善からは感謝と尊敬しか湧いて来ないだろう。悪からは軽蔑と憎しみ、妬みと際限なく、悪がわいてくる。私はきっぱり悪と決別しよう。善の豪華客船に乗ろう。あの基地外は善良なんじゃなくて、自分が強い方に回りたいから、善を選んでいるのに過ぎない。中立、封じ込め政策を採ろう。世の中を良く知らないといけない。善と悪。悪はサド、善はカントが追及した。悪なんか全く興味がない。善と悪とは区別がないものだ。でも悪は憎むべきだ。
悪は徹底的に遠ざかろう。善と愛と知を趣味にしよう。脳がダメージを受けても関係ない。絶対生きていける。善にすがって生きていくのだ。善こそが頼るべきものだ。
善の船に乗って生きていこう。悪はほとほと嫌になった。善こそが頼りになるものだ。善にかけて生きていこう。善ていいなと思う。善からはいいものがどんどん出てくる。
善というのは楽しい。善を趣味にして生きていこう。善はいいものだ。じんわりと楽しい。甘い果実が実るだろう。
しんどい。頭を使うと楽しい反面、頭が痛くなる。耳鳴りは少しいいようだ。薬が効いてきたようだ。
部長にスピーチをほめられた。嬉しかった。見る人は見ているのだ。嬉しい。善は報われる。善こそが捜し求めていたものだ。弱者に奉仕する。徹底して弱者の見方をする。


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