希望の日記

2009年08月07日(金) 曇り

ゆっくり考えていったらいいとおもう。大学入ってからがんばれなくなったのは、燃え尽き症候群なんかではなく、病気を発病したからである。もし文学の道に行っていれば、発病は遅くなっていたか、もしくは、なかった可能性もある。無理したのが、発病の原因かもしれない。今となっては考えても仕方がない。ゆっくり考えれば、mさん程度の頭には付いていける。yさんはもちろんだ。誰の頭にも付いていけるのだ。ついていければつんぼ桟敷におかれる必要もない。
そもそも法学部なんか行ったのが間違いだった。かっこいいと思ったのだ。裁判官かなんかなって、社会的地位が高いというのがどんな気分か。
ゆっくり考えれば理屈っぽいことでも理解できる。努力しないから理解できないのであって、馬鹿だからではない。できないということではなく、できるということを前提に考えていけばいいと思う。アタリの本でも読めばわかる、という風に考えて読めばわかる。ゆっくり考えることだ。アタリの本はわかりやすく書かれている。わかり易すぎて退屈なくらいだ。翻訳が悪いので原文で読みたいが、フランス語は読めない。仕事でもできないということではなく、できるということを前提に考えないと、進歩がない。アクセスの式もできるようになったじゃないか。できるのだ。頑張ればできるのに、頑張ろうとしない。特にhikのようなものがいるところでは頑張ろうという気がしない。今は頑張っている。すごく頑張っている。病気を理由に頑張らないのは良くない。弱者のために頑張っていると思えば頑張れる。
できるという前提でやっていけばできるのだ。できないと思うとできないが必ずできる。人ができることは私もできる。できないのは努力が足りないからだ。頑張っていないからだ。しんどい。もう盆休みだ。気分は。明日会社に行っても、眠いだけだろう。できるという前提でやっていけば必ずできる。
何か専門を作らないと世の中だめだということがわかった。専門というのが嫌いで、世の中をなめていたのか田舎者なのかわからないが、一般的なもの、普遍的なことを思考するようになっていたのだ。そういう構造なのかもしれない。でも凝りだすとはまってしまうから、どっちかわからない。脳の神経線維が幼弱なのだ。でも頑張れば人と同じくらい頑張れる。人がわかることは私にもわかるのだ。人ができることは私にもできる。これからは専門的なことに興味を持とう。なんかの資格とか。蛸壺的な知識。社会保険労務士とか。全く苦手。得意な文学でもいいじゃないか。文学の資格なんかないが。芥川賞くらいか。人がわかることは私にもわかる。パソコンみたいなこともわかる。やれば何でもできるのに、何もやらないからだめなのだ。専門的なことをやることがいいことであって、一般的なことなんてないのだ。一般的というと、総務とか、それだってずいぶん専門的だ。これからでも専門的な知識を身につけることができる。やる気の問題だ。三木谷のような考えになってしまった。できるだけの才能があるのならやらないと損だ。やらないからできない。やればできるのだ。しんどい。やればできる。三木谷のように生きてみよう。なんでも三木谷のように生きてみよう。まねしてみよう。三木谷だって、オリジナルなものなんか何もないのだ。インターネットショッピングモールなんて古い考えだったみたいだし、やるかやらないかだけの差だ。体育会系かどうかの違いなのだ。労働はすべて体育会系だ。労働が嫌なんだろう。何で嫌かというと芸術的でないからだ。ちゃんと理屈はあるんであって、ただ怠けているのではないのだ。何様だといわれるんなら、何様になってやろうじゃないか。そう思う。何でもできるようになってやろうじゃないかと思う。
いつもニコニコか無表情じゃなくて、刃先を思い切り何かに向けて、切り刻んでいく態度が必要だ。彫刻家が石を切り出していくようにだ。パソコンの式でも、やれば簡単にできたじゃないか。腕力なんか要らない。やればなんだってできるのだ。最初の目標を断たれたので、切り替えが難しかったのだろう。仕事がしたい。yさんのことは恨みには思っていない。自分が打撃を受けて、しんどいだけだ。こんなことはいくらでもある。これから先。オープンにしてしまった以上、こういうことは必ずある。
仕事はすべて肉体労働なので、飲み会まで含めてそうだ。しんどいことが嫌なら、何もできることはない。やっぱり三木谷を見習うことだ。汗を流すことだ。ちょっと今は精神的にショックを受けているのでだめだが。もう少しで立ち直る。仕事嫌なんだが、やるしかない。hの何が嫌って、やくざみたいなところだ。サービスマン上がりのやつは皆そうだ。そういうこと言うと差別になるから言わないが、結局それが嫌なんだ。自分は自分の道を歩もう。
仕事を遊びと考えればいいそうだ。名人といわれる人は仕事を苦痛と思うことはないようだ。イチローにしても楽しんでやっている。職人にならないとだめだ。
脳梗塞でもやるべきことというのがある。意識を清明に保ち、自閉せず、事に全力で当たる。強くならないといけない。また三年間休むのか。あいつはまた三年間休むのかとか言われるのは嫌だろう。今日はいるだけで良いから行ったらどうだ。最初の銀行でも行く行かないでもめたものだ。中学からすでにいく行かないでもめていた。サボりたいわけじゃないのだが、頭が痛い。
ろれつが回らない。仕方がない。それでも生きていかないといけない。仕方がない。頑張って生きていかないといけない。
今日は行ってきた。よかった。yさんも怒りが解けたようだ。また新しい関係を探っていこう。仕方がない。人を傷つけないこと。それだけで世界がぐんと広がる。何で人を傷つけるのか。広い意味でも狭い意味でも人を傷つけてはいけない。私は攻撃的だ。人を攻撃しないようにしよう。人を攻撃する気持ちを捨てて、愛するようにしたら、世界がぐんと広がる。
私も成長に時間がかかる人間なのだろう。神経線維が幼弱なのだそうだ。
舌は回らなくなったが、目と手が動けば仕事はできる。
弱者に優しくしよう。そうすれば生きていける。人を攻撃しないこと。それによって生きていける。人を攻撃しないこと。人を攻撃しないことで、世界はぐんぐん開けてくる。私は攻撃的だ。それを収めれば世界は開けてくる。


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