希望の日記

2009年04月24日(金) 晴れ

まあ正直言って、民間人の考えることなんか興味がない。公益的な仕事がしたい。npo法人で働きたい。ぼちぼちクラブで働いてもいいかなと思う。電話相談なんかやったことがない。でも電話以外でも何か仕事があるだろう。賃金が発生しないこともあるだろう。後は生活保護くらいしかない。私は妄想なんかない。野蛮極まりない人間と仲良くするなんてありえない。性愛は社会の原動力でそれなしには人類の繁栄もない。人類手大げさだけど私には見える。性愛を通じて、人間は豊かになっていく。子々孫々反映してゆく。子供を生む人間を国家は全力を挙げてバックアップする。結婚もせず、子も産まない人間を国家は冷遇する。それでも結婚したくない。風俗は行かないが、その自由がほしい。妻ですか。子供ですか。どうも私にはできない。無理だ。
幸せになりたい。私も幸せになりたい。幸せとは何だろうか。結婚して家を持ち、子供を生み育てることだろうか。私には無理だ。でも幸せになれると思う。幸せはひとつではない。私にも幸せはある。お一人様の老後というのもある。何か老後といってもすでに老後のような気もするが、幸せになれるような気がする。
仕事に夢中になると人に嫌われてもいいと思うようになる。でもそういうことはいけない。何をやっても誰からも好かれるということはありえないのだから行動には十分注意しないといけない。でも仕事したいのが本音だ。失敗してもいいから、仕事の真似事をしないと生きてる価値がない。申し訳ない。
私の文章は否定形が多い。こういうところから改めていこう。ポジティブに生きていこう。脳がダメージを受けているとか、否定的なことばかり考えるから、仕事もうまくいかないし、敵を作ってしまう。また否定的か。否定は絶対しちゃだめというのではないが、なるべく肯定したい。ykさんを敵とせずに働いていくことは可能だ。今まで赤ちゃんのように甘えてきたが、自立していくことは可能だと思う。仕事をしだすと競争心とか芽生えるから、それが敵対の元かな。大体今までの経過を観察しているといい人ばかりなんで、解決できると思う。仕事をしながら、仲良くするなんていくらでもできる。ykさんと、kさんも仲良くなんかできないはずなのに女同士で連帯している。それもデリケートな問題を努力してうまくやっているからだ。なかなか私にはできない。私が洗練されていないからではなくて、洗練されすぎて、性愛に臆病になっていたりするからで、性愛を受け入れた今となっては、解決が可能になった。
失われた能力を嘆くよりも、残された能力でがんばっていこう。誰も私の代わりに仕事やってくれないので、自分でやっていくしかない。
こうやって書き継ぎ、書き継いでいるのも、不安で仕方がないからで、書いていると安心するからだ。そんな自分をかわいいと思う。かわいい自分を大事にしよう。ykさんとトラブったりするのもかわいくないからだ。私が関西人の皆さんとコミュニケートするには変換装置が必要で、だいぶ無理して話さないといけない。そうでないと会話にならない。私はいくつになっても田舎ものだ。子供だ。純情だ。性愛を覚えないといけない。性愛にものすごい罪悪感があるが。じゃあ結婚している多くの人々を罪人だと思っているのか。妙な話だ。そのくせ、性に関して退廃のきわみみたいなことをしている。矛盾のきわみだ。言行一致しよう。
若いやつらとか見ていると自由で未来があって、うらやましいと思う。でもこちらには経験と知恵がある。そういうのを若いやつらはうらやましがっている。そういう持ちつ持たれつみたいな関係がいいと思う。でも若いやつらはかわいいと思う。自分が若い頃経験したことを一生懸命やっている。すごくかわいい。
ああ、しんどい。私は若い頃に自殺を図ったことがある。危うく命を取り留めて、病院に担ぎ込まれた。そこで一応目覚しい回復ということになって、社会復帰できた。それ以来症状というのは出てこなかったのだが、今回再発ということで、再び病院の世話になることになった。でも病気は休めというサインだから、結局良かったのではないかと思う。ゆっくり休んでいるうちに芥川のように死ななくてもいいなと思うようになってきた。長生きして、病気を伴走者のように生きていったら良いのだ。今回初めて他人の助けを受けるということを経験した。大人になって初めてだ。若い頃は回りも全力を挙げてサポートしてくれるから、それを当たり前と思ってきたが、大人になって人のサポートを受けるというのは心理的抵抗がある。でもそのハードルを越えてしまうとすごく楽になる。甘美で何もかも正しいと思える。
フロイトの言ったことは正しい。人間が赤ん坊の頃から性的という指摘は世界中の人間を震撼させ、かつ共感させた。性愛は厳としてそこにある。生まれる前からあり、死んだ後もある。人間が生きていく限り、この深遠で甘美な謎は人を捉えて離さない。性愛を受け入れることにした。そうすればうまくいくように思う。脳が病気のせいなのか、薬のせいなのか、アルコールのせいなのか、働かなくなっていることは確かだ。病気は治りつつあるが、そのことが心を捉えて離さない。欲が出てくるのだろう。ここまで良くなったのだから良いじゃないかと思うが、欲が出てくる。
まだ早いのかな。見切り発車的なことはしたくないのだが、いつまでも頭がはっきりしないので、じれてくる。申し訳ないと思う気持ちが出てくる。欲も出てくる。責任感も出てくる。物忘れ外来に行ってみようという気になる。
それよりykさんとの関係が悪化しないことを望むばかりだ。人に好かれようとどれだけ努力しているか。その努力を続けなければいけないようだ。
難しい。この病気はややこしい。われながらややこしいと思う。記憶力が弱まっていることがネックになっている。YKさんのことも気になる。人に好かれるのも大変な努力を要する。自分の仕事に熱中すると人に好かれることなどどうでも良くなって、軋轢を生じる。でもそれでも気を使い続けないといけない。少しペースを落としてみよう。いきなりトップギアに入れて走り出すと倒れてしまう。ゆっくり行こう。昨日は酒を飲んだので記憶力がさらに悪い。今日の診察もなんだか調子が悪かった。ゆっくり休もう。
検査行ってきた。大変なストレスを感じた。狭いところに押し込められて大変な思いをした。トラウマになりそうだ。なんか感じの良くない女の技師で、嫌な思いをした。医師はきわめて感じが良かった。どんな検査結果が出るのだろう。怖い気もするし、楽しみな気もする。
性愛とは何だろう。怖い気がする。何もかも怖い。自分が差別されていることが怖い気もするし、人が怖い気がする。仲良くできない人とは仲良くできない。でもYKさんやKさんとは仲良くしておきたいものだ。無用な争いは避けたい。共感とかが大事だ。共生するとか。仲良くできるやつと仲良くできないやつがいる。仲良くできないやつと仲良くするということはない。人と仲良くしなくて良いんじゃないかと思う。特に海外Gの連中とは仲良くしなくてもいいのだ。ほっとする。どんだけ労力を使っていたと思うのだ。でもYKさんとは仲良くしたほうが良いだろう。
しんどい。人と仲良くするというのは難しいものだ。仲良くしなくても良いんじゃないかと思う。仲良くしなくても良いんじゃないかと思う。自分を大事にしよう。変な連中と付き合ってみたりしてはいけない。HKなんか今まであった中で最高に変なやつらだ。何でそんなものと付き合わないといけないのだ。何で付き合わないといけないのだ。洗練とはかけ離れた粗野で野蛮極まりないやつら。何でそんなものと付き合わないといけないのだ。自分のふさわしい人と付き合おう。あの鶴橋の唄歌いと付き合おうかな。「我が家の母はトーシツです」を読んでいる。結構深刻だ。怖い病気だという考えが強まってしまう。子供を殺そうとするなんてやっぱりおかしいと思う。薬をきちんと飲む環境になかったことが、不幸を深刻にしたと思う。でもよく生き延びたと思う。私も症状としては被害妄想しかない。正常人とあまり変わらない。
やっぱり普通の人と一緒に働きたい。仕事が好きになって、短い人生、がんばって働きたい。何もしなくてもいい世というのはつらい。何かして社会に役立っていると思いたい。何もしないのが社会のためになるというのは悲しい。何かやって社会の役に立ちたい。社会の役にたちたいじゃないか。私は案外好評だ。若いやつらにも注目を浴びてる。若いやつらは枠にとらわれない考えをするので好きだ。


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