希望の日記

2009年04月23日(木) 曇り

今日もいい天気だ。仕事が好きになって二日目。今日もがんばろう。仕事好きになった。仕事全力でがんばろう。
仕事好きになると何か問題も出てくる。仕事をめぐってライバル関係も出てくる。それが嫌で私は仕事をしなくなった面もある。厄介なことになった。何とか落としどころを見つけて、自分も仕事をやっていこう。仕事しないと申し訳ないし、生きていかれない。仕事していれば、oや課長も見ていてくれるだろう。仕事したい。まだ早いのだろうか。hkは洗練とは程遠い野蛮な人物だ。スポーツなんかやるやつは一部の例外を除いて、野蛮でどうしようもない荒くれものどもだ。矯正しようとしてもどうしようもない。子供をまともに育てたかったら、スポーツなんかやらせないのがいい。私のように洗練された人物からすると、ああいう野蛮な、動物すれすれのような存在は信じられない。スポーツで自分を作ってきたような人間は、人として大事なものが欠けているような気がする。後理系の人間はそう思う。数学で人間の心がわかるか。どうして自分の目をふさぐような真似をするのか。私のように真に洗練された人間はスポーツなんかやらない。私は性愛においても洗練されている。多形倒錯は人間として洗練されるための必須条件だ。だから結婚なんかしてはいけない。少なくとも離婚しないといけない。人間理解とはそういうことだ。一人の異性を愛し続けるなんかできるわけがない。うそをついているか、だまされているか、自分をだましているだけだ。人間は結婚なんかしてはいけない。うそをつかないで真剣に人間と異性と向き合わないといけない。女性アレルギーというのではなく、性愛アレルギーというべきか。性愛のにおいに敏感で無意識に避けてしまう。性愛と無関係に咲く乏しい二番華にあこがれる。大輪の花は苦手だ。あでやかに咲く。多形倒錯であることは濃厚である。知の淫乱だったこともある。退廃的だ。生きるうえで何の役にも立たない。でも今は生きていかないといけない。性愛にさえ救いを求める転落振りだ。私は女の姿に興味がある。心とかあまり興味がない。女遊びもしたことがあるが、のめりこむことはなかった。心は乾いていた。そういう自分に酔っていた。あの職場は荒くれたおんなどもで満ちている。なかなか難しい。でも中にはファンもいるようだ。ファンは大事にしよう。若い女はそれ自体で価値がある。荒くれていようが洗練されていようが同じことだ。価値がある。すべての女はそれを目指している。私のように真に洗練された人物は、異性愛を軽蔑する。同性愛も軽蔑する。多形倒錯は一瞬ごとに欲情する対象を変える。これが真の洗練である。そういう不安定で満たされない気持ちに一生耐え抜くことが真の洗練である。性愛に臆病であることも多形倒錯の特徴である。ykさんは絶対多形倒錯である。同じにおいがする。でも母親に過度にかかわることは勧めない。自分の人生を楽しむことだ。死に行く人のために生きている人が迷惑をこうむってはいけない。自分のためにならない。性愛を受け入れると宣言したのに、忘れている。というか反射的に身を避けている。それが自分を守ることといわんばかりに。性愛を受け入れるというとykさんとの関係もうまくいくと思う。
民間人が嫌いだ。私は5年間国と特別権力関係にあった。そのときのことが忘れられない。その頃が人生の絶頂期で、民間に下ってからはろくなことがない。民間人はろくなことは言わない。ガチャガチャして何を言い出すかわからない。民間人は私を悩ませる。金もらっているんだろうとか。うるさい。下品なことを言うな。金をもらっていようがいまいが、気が乗らなかったら働かないのだ。当社を起こした人間も国立大学を出て、というか東大を出て、砲兵工廠かなんかで技術者をやっていたらしい。まじめなわけだ。どう身をやつしても公務員のdnaは否定できない。私も会社に養ってもらおうと思っている。働かないのが一番会社のためになるとわかっていても、働きたい。脳がダメージを受けていようと、生きている間は奉公したい。
ヘルパーさんだって民間人だからあそこまでやってくれるのだ。公務員はあそこまで働かない。民間人はありがたい。公務員なんて世間知らずで働かないし、働いても見当違いのことばかりしている。民間人が高度経済成長をはじめとして日本の経済社会を支えてきたのだ。


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