昨日は再インストールで大騒ぎした。疲れたけど目的をやり遂げた満足感がある。性の問題にtづいて持論を展開したら、女性たちに引かれてしまった。文学においては性は完全に自由だし、いくら言っても大丈夫かなと思ったのだ。性は人をひきつけ、まとめる力がある。彼女らも私の性的な力に惹かれて集まっているのだ。こちらからアプローチしたのだが。eさんが特によくコメントをくれる。完全主義なところがある。 今日は眠くて大変だった。一日過ごすのも大変なことだ。カメラマンの仕事はまだ始まらない。mriを撮ることになった。いいことだ。きっと何か発見されるに違いない。脳が萎縮していますといわれたらどうしよう。きっと萎縮している。写真はごまかせない。o大病院にかかりたい。その後リハビリセンターにもかかりたい。人間は性的だという理由ははっきりしている。人は性と権力に左右される。性は人を恐れさせる。でもそれはいいことだ。恐れを知らなければ性の報復を受ける。私はコントロールできる。性は楽しいものだ。美しいし、価値がある。女はいいものだ。あの女性は私に好感を持っている。そこから先に進まないから私らしい。老人や子供も尊重されなければいけないのは性的な存在だからだ。老人も死ぬまで性的な存在だ。女はいつまで女なのか聞かれて、灰になるまでと答えたという。絶対性欲は消えない。私はそれを受け入れると考えた。受け入れることによって、問題は消えてしまう。性的存在を受け入れるとはすべての存在を受け入れるということだ。男女を問わず、受け入れるということだ。そうするとうまくいくような気がする。他者を尊重しようという気持ちになる。おばさんが性的な存在であったとしても、いやらしいと思ってはいけない。そういうものだ。女はいつも性的な存在だ。尊重しないといけない。受け入れなければいけない。性的な存在として受け入れないといけない。すかれなくてもいいから嫌われないようにしないといけない。 女は性的な存在だ。それを受け入れないといけない。それをよく知って、正しく利用しないといけない。性と権力は同じものだ。正しく配分されないといけない。脳が萎縮してますといわれたらどうしよう。そういわれるに決まっている。
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