暴かれた真光日本語版
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2003年08月30日(土) |
029 Dlogan |
元幹部、グリーンウッド氏の本を読んでからしばらくして、私たちはマイアミにある浄霊センターにもう一度足を運びました。そして自分たちが最近、教団で体験したことや、もう真光をやめる決心であることなどを救世教の幹部に相談したのです。もちろんその幹部は、ゲーリーの名前もきいたことなどないでしょうし、彼の本も読んだことがないはずです。救世教の幹部たちは、他人や自分の組織の悪口を言わないように教団で教えられているのですが、それでも質問には常に正直に答えてくれます。私たちは率直なところを質問してみました。"Was Yoshikazu Okada a minister in SKK?"(岡田光玉氏は救世教の幹部だったのですか?)という私たちの問に、幹部は"Yes, he was."(ええ、そうでした。)と答え、さらにセクハラ騒動で罷免されたかどうか、という質問にも、"Yes."とうなずきながらその幹部は答えたのです。さらに現教え主、岡田恵珠女史はその当時、光玉氏の愛人だったのか、という質問に対してもその幹部からは、うなずきながら"Yes."(はい。)という答えが返ってきたのです。(3.崩壊しつつある真光の基礎、参照)
教団幹部としてゲーリー・グリーンウッド氏が真光の御教えについて語ったときには多くの組み手さんたちがその言葉を信じた、にもかかわらず、今度は教団の嘘を知り尽くした元幹部としてみんなを助けようと手を差し伸べている彼の話を、多くの組み手さん達が聞こうとしないのは不思議なことです。御教えに従えない組み手は"霊障にやられている"などという烙印を押されてしまいます、しかし教団組織が組み手の生活を統制しようとしたり、あれは読んではいけない、これを読めなどと命令したりすることや、幹部の指導なしに組み手自身の決断をさせないようにしていることこそ霊的におかしいのではないのでしょうか? 私たちは自分自身の中に道を見いださなくてはいけません。答えはすべてそこにあります。本当に参加する価値がある宗教というのは何かに依存することではなく、自分自身を強くしてくれることを教えてくれるはずです。
何が真実かを探し求める組み手さん達は,"All The Emperor's Men"の中にその答えを見いだすことができるはずです。彼の調査が正確であることが分かると思います。前述したS界救S教の本や、スティーブ・ハッサン氏の"マインドコントロールの恐怖"という本も役に立つはずです。マインドコントロールについての本を読んだ後で岡田光玉の神示、"御聖言"を今一度読んでみてください。一歩退いた視点から、探求心を持って慎重に目を通していくと、この"神示"が人間の存在そのものを繰り返し繰り返し批判しながら、その一方で批判主義そのものが罪であると裁いていることに気がつくはずです。そこには常に人知に対して否定的な言及がなされ、神の御心のみが素晴らしいと説かれていますが、神の御心を持つのは誰なのでしょうか?(考えてみてください、私たち人間はそれぞれが皆尊いのです。神は我々すべてに神性を与えて下さったのです)。多くの文章で真光の組み手が選民であるかのように言い含めながらエゴにつけ込むのは、カルトの指導者に共通したやり方です。また、恐怖や罪悪感を煽る表現があちこちにありますが、これも信者を統制するために自称"メシア"がよく使う論法の一つなのです。"御聖言"の文章は陰険で荒削りな文章で満ちています。またはどうにも解釈のできる、意味をなさないものばかりで、霊層が昇華していない組み手は理解できないとまで言われているのです。皆さんはあれが本当に神の言葉だと心から信じることができますか?(5.御聖言−警世の書− 参照)
御み霊で教団に縛られている人に早く気がついてほしいのは、自分自身で信仰心を強くもつこと、そして自身の一部が神の一部であるということを純粋に受け入れられるかどうかが、手かざしの力に影響するということです。何人も、人それぞれが持ちあわせる神との絆を奪う権利などありません。人が作った御み霊のようなモノで、その純粋な力が増やされることも、削られることもないのです。すべては自分次第です。御み霊を家にしまっておいたまま、私たちはたびたび手かざしをしたことがあるのですが、それでも多くの人が"御光"を強く感じたことを口にされていました。もし御み霊をつけているほうが"光"が強いと感じるならば、それは教団で教わったことを信じ込んでいるからです。その人の信仰的心理がそのまま実践に影響してしまうのです。
自分自身を信じることができれば、その力をうまく使っていけるはずです。真理も、手かざしの力も自分の中にあるのです。真光を辞めても、手かざしを辞める必要はありません。真光の御神体の前でぬかづいて祈言を唱える必要もなければ、日本にある神殿をまかなうために自分が汗水ながして稼いできたお金をつぎ込む必要もないのです。教団の作法に従う必要もありません。レイキのように手を当てて行う方法もありますし、プラニック・ヒーリングのように直接触れずに行う方法もありますが、それを制御するのは自分自身の心です。私たちが今、参加しているヒーリングセッションでは、はじめに輪になって手を合わせて祈るのですが、その効果は目を見はるものがあります。どこかの教団の信者になることで手かざしができるようになるのではなく、誰でもできるのです。神の光は我々すべてに与えられたものなのです。
(プラニック・ヒーリング http://www.pranichealing.com/ )
今、私たち夫婦は、太古からの癒しの業、プラニック・ヒーリングを学んでいます。そしてこれは明らかに真光や浄霊のもとになったといえるものですが、むしろそれらよりは洗練されたものです。この太古からの手かざしに興味のある方はコー・コク・スイの本、"プラニック・ヒーリング"という本を読まれることをお勧めします。手かざしとの類似性が明白な内容です。読みやすい本ですから、どうやって手かざしをしていけばよいのかが、少しずつ理解できるはずです。組織等に参加する必要もありませんし、どんな祈り方をするかは個人の選択しだいだとこの本の著者も強調しています。
○○真光、S界真光文明教団、浄霊団体の人々は知る必要があります。永い間、日本の人々は心の奥底に次のように教え込まれてきました。日本の天皇は神の直系の子孫であり、何千年か前には世界を統治しており、再び世界を統治する運命にあると。日本の人々は、天皇の名のもとに行われることは何であっても、たとえそれが不誠実でも暴力的なことであっても、それは天国の栄光を勝ち取るためのものであると、教えられてきました。第二次世界大戦中、日本人のパイロットは、この確信に従って軍艦に飛行機で体当たり攻撃を行いました。(脚注参照) 多くの日本のカルト教団は、エナジー・ヒーリングや、その他のテクニックを使って、疑いを持たない人々を引き入れ、日本人の優位性を示す計画を達成しようとして始まったのです。こうして、世界中の無垢な人々が騙され、この信念を受け入れてしまっています。
いかなる教団組織でも、入信する場合はあらかじめ教義などについてよく調査するべきです。そしてそれは、すでに教義によって信仰が凝り固まってしまった教団幹部のような人物からは探り出すことはできません。霊感的な作家、ジーン・デービスはいみじくもこう語っています。
"自分自身を知るという生まれながらの権利を放棄してきたせいか、我々は命が持つエネルギーを無駄に浪費しています。自己の内面へと通じるドアを閉ざしてきたのです。より外部に依存するようにプログラムされてしまい、自己を認識するための根源を切り捨ててきたのです。"神の御国はあなた方のなかに・・・・"とイエス=キリストも言っていますが、大衆支配の混迷の中で、我々はそれぞれの魂としての自己認識を失ってしまったのです。教育、宗教、政治、どの分野にしても、我々は外部に依存するようにプログラムされたヒューマンロボットになりつつあるのです。"
真光を通じて私たち夫婦は、外部へ依存する考え方や、そしてそれがもたらす破滅から身を守ることの重要性を学んだと思います。いろいろな宗教組織の隠された目的を認識した一方で、神様が真実を探し求めるように仕組んでくださったことにとても感謝しています。すべての神組み手さん達が、神様に導かれて真実を追究してくださることをお祈りしています。洗脳にうち勝って内なる力を認識するために、みなさん、勇気をだして努力してください。
Dean & Jean Logan - Franklin, North Carolina - USA
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脚注
確かに戦前の学校教育が取り入れた皇国史観は、天皇は神の直系の子孫と教えていました。真光など多くの新興宗教がこれに影響されたことは否めません。現在でも、一部の人々の頭には、この考え方が染み付いていることは、ある元首相の発言からも窺われます。
ただし、同胞のため家族のために命を捧げた特攻隊のことまで、間違っていたことのように言われると不愉快に思う方もいらっしゃるかもしれません。文化の違いから、多くの欧米人にとっては、特攻隊の体当たり攻撃は全く理解しがたい悪魔の所業でした。しかしながら、欧米人の中でもより深く理解した人々は違う評価をするようです。
外国人から見た"KAMIKAZE" http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/5410/foreigner.html
(上記サイトより一部抜粋) 西欧人の"KAMIKAZE"に対する一般的な評価は、「狂気の沙汰、集団ヒステリー、独裁権力の非人間的な強制下になされた行為である」とベルナール・ミロー(フランス人、参考文献参照)は述べている。しかし、彼は"KAMIKAZE"を研究した結果、そのような評価は「余りにも皮相的な独断である」と述べるに至っている。"KAMIKAZE"の本当の姿に触れた人々は上記の一般的な見方とは180度考え方が変わるようである。
ベルナール・ミロー氏の所感 http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/5410/bernard.html Top HOME
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