京都秋桜
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2005年04月01日(金) 鴻鵠一興【デス種】【ハイネ夢】

 ソプラノの声が響く。口元に片手をやるのは、メガホンの効果を期待しているから。





「せんぱぁい。ハイネせんぱぁい」

 ザフト軍司令部を緑の制服を着崩すことなく清楚に身に纏い、とある人の名前を呼びながらパタパタと小走りをする。高い位置で二つに結われているシルバーグレイのふわふわした髪の毛が揺れ、人々の目を集める。
 しかし、当の本人はそんな目を気にすることなくお目当ての人物を探す。その人に伝言を届けないことには次の仕事にもかかれない。

「ハイネ・ヴェステンフルスせんぱぁい」
「そんなに叫ばなくても、聞こえてるって…」

 何度目か彼女が呼んだ後に赤服を身に纏ったオレンジの髪の人が後ろから声をかける。彼は何度も呼ばれたことに対して軽く溜息をつく。呼ばれるこっちの身にもなってほしいとかそんなセオリー的なことは思わなかったが、そのことによって彼女が注目の的になることを自身でもう少し自覚してほしいと思う。

「あ、ハイネ先輩。ホーキンス隊長が呼んでいました。至急隊長の部屋へ、とのことです」

 見つかったことに対して安堵しているのか、軽い笑みを浮かべる。凛と背筋を伸ばし、ザフト敬礼なるものをしながら名前を言い、用事を簡潔に述べる。
 それに対してハイネもザフト敬礼をして返事をする。

「了解。では、お同行を願えるかな?」
「そういう笑えない冗談は余所でやってください、先輩」

 ふざけた口調で言ってみる。彼としては同行してくれるならば嬉しい。だから、そうできるならなるべくそうしたい。
 そんな彼の心まで察知しているかのように彼女は笑って返す。「仕事もまだ山ほど残っている」とは彼女の言葉だ。
 ハイネはそんな彼女の笑顔にも慣れたのか、未だ自分のことを名前だけで呼ばないこの場を去ろうとしている彼女の腕を引っ張る。

「なんですか? もう仕事に戻りたいんですけれど」

 伝言を届けに来ただけだ。用事が終わったので彼女はさっさと自分の仕事に戻りたい、と思っている。

「…どうでも良いけどいい加減ハイネって呼べよ」

 どうでも良くない、と思いながら彼女は溜息をついた。
 ザフト軍というのは地球軍のように階級があるわけではない。それはボランティアで軍が構成されているからだった。だから実際に士官学校などを出ていなくても正規軍人にはなれる。
 だからといって縦社会というのが意識されないといったらそれは違うだろう。着ている軍服の色などによって上司と部下の関係ができることは必然といえた。
 しかし、ハイネは全くといって良いほどそういうことは気にしていない。だいたいそれがザフトの基本とも言える。どういう経緯であれ同じ【プラントを守る】という名目の下集まった人。それだけで充分仲間、と言えた。少なくともそれが彼の根本にある。
 気軽に、楽しく…とまでは流石に言わないが戦闘以外で哀愁を帯びた雰囲気を作る必要はない。作りたくもない。せめて、戦闘以外は。戦闘さえなければ一人の人間だし、ハイネだってそれは同じ。だからこそ、ハイネと周囲に呼ぶようにしてもらっているのに、目の前の白桜色をした瞳を持つ彼女だけはなかなかそう読んではくれない。

「先日フェイスになられた方にそんな恐れ多い…ヴェステンフルス先輩って呼んでいた頃から比べれば成長しましたよ」
「ま、そりゃそうだが…」

 苦笑しながら言葉を返した彼女にハイネは頭をかく。本人がそんなことを気にしているわけではないのだから別に良いのに、とそう思わずにはいられない。
 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦をもって、あの地球・プラント間の長きに渡る戦争は終結した。だからと言ってすぐに平和が訪れるわけではない。色々と忙しいのは当たり前だった。事後処理に終われるといえば聞こえは良いだろうが、彼女がやっているそれは、要は雑用でしかないものばかり。
 でも、そんな仕事も決して彼女は嫌いではなかった。
 ハイネと彼女が初めて会ったのはもう三年も前の話。月日が経つのは早いものだ。
 場所はアカデミーの講習会。題材としてとりあえげられた【パイロットの求めるモビルスーツ通信管理者像】の説明を現役エースパイロットのハイネがした。生徒として彼女がいた。
 勿論、ハイネほどの人間が年頃の異性の女性の間で噂にならないはずもなかった。しかし彼女は語尾にハートマークでもつきそうなくらい甘い声でハイネの名前を口にしていた少女たちとは違い、ハイネのことを【ヴェステンフルス先輩】と呼んでいた。おかげで口は良く回るようになったと思う。

「だいたい、赤服でしかもフェイスの先輩とたかがしれているモビルスーツ通信管理をしている私とじゃ軍においての地位が違いすぎます。私はいくらでも代わりは効くけれど、先輩はそうもいきませんから」

 淡々と告げられる。どこか無慈悲さを感じるのは気のせいだろうか。
 内容と表情が酷く掛け離れているような気がしてハイネは一瞬戸惑った。普通そう返すだろうか。
 どうにも彼女は頭が少々固い。典型的なA型の性格をしているが、実際の血液型は0型だというからこれもまた驚きだ。所詮、そんなものは当てにならないと言う良い例。

「モビルスール通信管理の代わりはいくらでもいるだろうが、俺にとって【お前】の代わりは誰にもできねぇよ」

 そっと自分より下にある頭に手を乗せて笑って言う。いつもは帽子が乗っているそこも今日はないので手の置き場に丁度良いと心の隅で思う。
 すると、彼女は顔をあげ、顔を赤らめることもなく慣れたように、にっこりと笑う。御礼の言葉を言うのかと思いきや…。

「そういうのは仕事が終わってからにしてください」

 単なる皮肉だった。
 しかし、ハイネは余裕の笑みでそれをひらりと交わすかのようにポンと頭を叩いて彼女の横を通り過ぎるときに仕掛けた。

「じゃ、今夜明けとけよ」

 彼女の耳元でそっと呟く。少しだけ身を屈めてくれたようだった。
 頬が赤くなるのを自分でも感じながら振り返るが、既にハイネは後姿。背中で語るとはこんなことか、とそっと心の隅で思えば顔が赤くなるような気がした。
 こんな自分を見られなくて良かったと思うと何んだかまた恥ずかしくなって両方の耳に手をやる。

「今夜って…仕事、あるに決まってるじゃない」

 本当に、何を考えているのかさっぱり分からない。
 それでも早く仕事を終わらせようとするであろう自分に彼女はなんとも言えない表情を心の中だけでするのであった。





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 種終了後、くらいですかねぇ。


常盤燈鞠 |MAIL