1902年01月26日(日) |
ファルとリク 4『去ルおシゴト』後編 |
まほゆめ外伝短編集・ファルとリク
4『去ルおシゴト』後編
なすすべもなく止まった魔導車を待っていたかのように、十数人の男たちが取り囲んだ。旧式ではあるが、全員が魔導銃を装備している。 盗賊たちはファルガール達に車の外に出るように言われ、そのとおりにした。
「ここは今日から俺達が作った私的で素敵な関所だぜ。ここを通りたいなら通行料置いて行きな」 「シテキ? セキショ? ツウコウリョウ?」
よく分からない単語が、いくつも出てきたのでリクが首をかしげる。
「あ〜、つまりですね、リクさん。木を倒して勝手にここに置いたのはこの人たちで、お金を払わなければここは通さないっていってるんです、彼らは」
盗賊に囲まれてもちっとも動揺する様子を見せない運び屋が、親切にも分かりやすく翻訳してリクに教えてやる。
「いくらだ?」 「ここの通行料は金じゃねェんだ。猿を一匹置いていきな」
この男たち、ファルガール達が運んでいる積み荷を知っている。用意の良すぎる襲撃といい、これは完全に彼らの積み荷を狙った犯行だ。
「だ、ダメだよ。これをとどけるのがぼくたちのおシゴトなんだから!」
なぜ猿を要求されるのか分からず、ただ単に仕事に支障をきたすことを心配してリクが言う。 さて、どうしたものか。見たところ、魔導士はいないようだし、やる気になれば三秒で沈黙させることはできる。だが、意外にも戦闘には素人ではないらしく、動きにも統率がとれているので、ファルガールが攻撃するその間にリクとクルージを攻撃されたら、守りきれるとは限らない。 少しでも隙ができればいいのだが。
「まあ、お前らが渡さないつもりでも、こっちが勝手に頂くがな。おい! 運び出せ!」
リーダーらしき男の指示に従って、魔導車の後方に位置していた男二人が、荷台のドアを開こうとした。 が、リクがその前に立ちふさがった。
「ダメだったら!」 「うるせえ、ガキが!」
そう言って、男の一人が魔導銃を棍棒代わりに振り上げてリクを殴ろうとした。しかし何とリクはそれを受け止めて、ねじり返し、男から魔導銃を奪い取ったではないか。 そのまま魔導銃を振り上げ、男の顎を強打すると、もう一人の男の脳天を打ちおろした。
「おお! リクさん、なかなかやるもんですねぇ! お見事お見事!」
魔法が教えられないこともあり、ファルガールはもっぱらリクに武術を教え込んでいた。 もともと村一番喧嘩が強かったというだけあり、センスも体力もあったので、実はリクは並の大人よりよほど強かったりする。
「チッ、何やってんだあんなガキに」
この男たちの懸命なところは、リクの思わぬ反撃にも動揺を抑え、囲みを解かなかったことだ。ファルガールは、今のがいいチャンスと思って魔導をはじめかけたが、それも断念せずにはいられない。 リクを子供と侮(あなど)って不覚は取ったようだが、相手も素人ではないらしい。警戒をさせてしまった以上、同じようなことは期待はできないだろう。
「ねえクルージおじさん、これってどうつかうの? ヒキガネ引いても、うてないよ?」 「ああ、これはですねぇ、安全装置が掛けてあるんですよ。ほら、そこにある小さなツマミです。そう、それで撃てるはずですよ」
運び屋の言う通りにつまみを絞る。実はこれは安全装置に加えて威力調整の役割を果たしているツマミだったのだが、そうとも知らないリクは思いっきりそれを開けて引き金を引く。
「うわッ」
当然の結果のように思わぬ反動がリクの腕を襲い、魔導銃の放った熱光線はその反動のまま、暴れ狂う。
「うわわわ」 「落ち着け、ガキの動きをよく見りゃ普通によけられる! 大勢を崩すんじゃねぇぞ」
やがて、その散らかった光線の的は盗賊たちとはまるで反対側にある、魔導車の後部扉から荷台に飛び込んだ。
「あっ」
光線はそのまま荷台に据え付けてあった彼らの運ぶ荷物に命中し、木箱が破損する。
「さ、猿は!?」
自分が壊してしまったことにショックを受け、リクは猿の無事を確かめるために荷台に飛び込もうとした。 その時、中から何かが飛び出して、魔導車の屋根に上る。
猿だった。大きさは五歳児程の大きさだろうか、体毛は白く、確かに見慣れない感じだ。見目も悪くないし、愛玩動物として欲しがる人間は確かにいるだろう。
―――この猿は人目につかせるわけにはいかん。とてもよくないことが起こる。
ファルガールがその言葉を思い出した時には件の猿はすでに二十人近い人間の注目を浴びていた。 別段、猿は変わった様子は見受けられない。屋根の上で全員を見まわしたあと、ポリポリと後ろ脚であごの下を描くと空に向かって鳴いた。
「☆▼(作者注:自主規制により、直接的な表現は差し控えさせていただきます)×●☆」
何というか、男女のある種の状況を思い起こさせる、扇情的な鳴き声だった。荒い息遣いに嬌声とも喘ぎ声ともとれる声。そんな声が真昼間の往来で、自分たちが原因で挙げられてるのだ。何かものすごくいたたまれない。
「どうしたの?」
たった一人年齢的に状況が分かっていなかったリクの声で、一足先にファルガールが我に戻ったのは行幸だった。かねてより待っていた、大きな隙を見逃すわけにはいかない。
「その槍穂貫くは天地、その光が意味するは天の裁き! その先からは轟く光がほとばしり、全ての罪を討ち滅ぼす! 稲光と共に現れよ、稲妻纏いし紫電の矛《ヴァンジュニル》!」
雷がどこからともなく落ち、ファルガールの手の中に紫電を帯びた矛が収まる。
「我が矛に宿りし電気よ、大気を駆けよ! 我が導きによる《放電》によりて!」
続けて詠唱した魔法により、矛の先にできた電気の球から四方八方に電撃が飛んで盗賊たちを一気に片付けた。
「☆▼(作者注:自主規制により以下略)×●☆」
コトが終わった街道に、人様には聞かせられない、猿の鳴き声が高らかに響いたのであった。
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無事に猿を目的地に送り届けた後、とんぼ返りしてきたファルガールとリクを、ジュリアーノはウォンの『自由の勝利亭』で待っていた。
「だから、人目に触れさせるなと言ったのだがね」
ことの報告を終えた後、ジュリアーノは言わないこっちゃないとばかりに言った。アフト・エモンの届け先で聞いた話によると、あの猿はアデゴエザルと言って、なぜか発情期に霊長類の視線にさらされると、あのような声を上げるのだという。檻ではなく、木箱だったのはそういう理由だった。 もともとアフト・エモン近くの森にいたのだが、珍しい外見から金持ちに売れると踏んだ狩人に捕まったらしく、売りこんだ先で鳴かれて始末に困ったため、ジュリアーノに処置を願ったのだった。
「単に忠告のつもりだったから、別に守らなくても報酬を減らすようなことはせんよ。何より人の金だからケチる理由もない」
さらっと問題発言をした。事情を聴くと、狩人から猿を買った金持ちは、あまり人に話したくない内容なので、処理のために口止め料も含めてジュリアーノに多額の礼金を出していたらしいのだが、依頼料が妙に高かったのはそのせいだろう。
「もうちょっと具体的に話をできなかったのか? 何よりも箱が壊れなくてもいいように立ちまわれたかも知れねェのに」 「言ったら恥ずかしいだろう? 今だからこそ“あんな声”で納得してもらえるが。聞く前から話して分かることでもあるまい」
市長の一人息子は答えた後、ファルガール達に約束通りの報酬を渡すと、用が済んだとばかりに席を立った。
「ではな。今後とも懇意にさせてくれたまえ」
ジュリアーノを見送った後、ファルガールは胡散臭(うさんくさ)げに、軽く睨む。
「あのボンボン、とぼけたふりして結構なタヌキじゃねぇか」 「そう見えたか」 「あの盗賊、俺達の積み荷が何なのか知ってて襲ってきやがった」
普通、あの程度の積み荷なら、特殊な配達物としてよく運搬屋に頼み込んでおけばいい。運搬屋も護衛は雇っているし、他の荷物に紛れ込ませた方が、狙いはつけにくいのだ。
しかしジュリアーノはわざわざ個別で魔導車を調達し、護衛としてファルガールに頼み込んだ。ファルガールのことはともかく、他の郵便と別にしたのは目立って仕方がない。盗賊が狙うには絶好のエサともいえる。 あの盗賊たちは魔法は使えないものの、かなり腕はよかった。
となると、ジュリアーノは、金持ち道楽の後始末にかこつけて厄介な盗賊団の殲滅(せんめつ)のためにファルガールの腕を利用した、と考えると筋が通って見えてくる。
「まあ目的は街の安全を守るため、だ。手段はともかく、目的は健全だよ。保証する」
懇意にしていることもあってか、ウォンはジュリアーノには悪い感情は持っていないようだ。
「ねえ、ファル。なんでみんなあのサルのなきごえをハズかしがるの? いいかげんおしえてよ」
一人全く事情が分かっていなかったリクは、帰りの道中、ずっとそれを聞きたがっていた。 ファルガールも運び屋・クルージも含みのある会話をするばかりで、ちっとも謎の答えが見えてこない。ファルガールはこのときはじめて、子供に性について説明するのがいかに難度の高いことか理解することになった。
「……一般常識はウォンに聞け」 「え、俺かよ」
その夜、ウォンは子供の好奇心の恐ろしさを十分に知ることになったのである。
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