1902年01月23日(木) |
ファルとリク 2『ゼッタイフクジュウ』 |
まほゆめ外伝短編集・ファルとリク
2『ゼッタイフクジュウ』
「出来たぞ」 「よ〜くあじわってたべなきゃ、だね」
失われた村・エールからティオ街道を出て一日、ファルガールが人生最大の失策を犯したことを知るのに、それほど時間はかからなかった。
食糧がない。
大災厄直後の一日は思い出せば、何を食べる気も起らなかった。師弟関係が成立し、旅立ってしばらくしてようやく気持ちが前向きになりだしたところで発覚したのがその事実だった。 食糧がないどころか、テントもなければ着替えもなく、今の状況では何の役にも立たないが金もない。大災厄に命以外のすべてを持っていかれた彼らには、人としての最低限の尊厳である衣・食・住を全く保障されていなかったのである。
目の前の焚き火にあぶられているのは、近くの川で捕獲してきた小魚だ。ここらも大災厄の影響か、果物ひとつなっていなかったし、食べられそうな獣も軒並み姿を消していた。
仕方なく、気力を振り絞って、川に電流を流した結果、ぷかぷか浮いてきたのが今火にくべられている大小二匹の川魚だった。
「大きい方、やるよ」 「ううん、ファルはカラダが大きいからこの小さいのじゃダメだよ。ぼくが小さいほうをたべる」
そういって、リクは小さい方にかぶりつく。 リクはいわゆる“いい子”だった。自分ですら、少し辛さを感じる空腹なのに、この十歳の少年は何事一つ言わず、ファルガールについてきた。自然豊かな村の出身とあって、体力もある。
(手がかからんのはいいが、どう扱えばいいのやら)
実はファルガールは子供を相手にする経験が少ない。魔導学校で生徒を持ってはいたものの、十五歳以下の、“子供”と呼べる年齢の生徒はいなかった。
「ぼく、しってるよ」
取り損ねた内蔵(ワタ)でも口に入れてしまったのか苦々しい顔をしながら、リクは言った・
「何をだ?」 「ぼくはファルにまほうをおそわるから“デシ”なんだよね。で、ファルは“シショー”」 「よく知ってるな」
あの村には本など数えるほどしか見られなかったし、師弟関係とは縁のなさそうな村に見えた。
「でも何をするのかはしらないよ。デシって何をすればいいの?」 「師匠に絶対服従すればいいんだ」
何か間違っている気はしたが、適当にそう答えた。
「ゼッタイフクジュウって何?」 「師匠の言うことをよく聞いて、師匠の言うとおりにする。師匠の言うことを疑ってはいけないし、逆らってもいけない、ということだ」 「わかった」
リクは何の疑問も挟まなかったし、そのまま信じたように見える。 骨まで食べようと頑張ってあぶっているリクの姿を見て、ファルガールは何となくからかってみたくなった。
「リク、そこの道の脇にな、できるだけ大きく穴を掘ってくれ」 「うん」
あっさりとうなずいたリクは素手で、雑草を取り除き、穴を掘り始めた。
「これを使え」
ファルガールは魔法を使ってその辺の土からシャベルを作り出し、リクに手渡す。 そうしてリクは掘り始めた。
ざっくざっくざっくざっく
それを横目に、その辺に落ちている木の枝を集めて魔法で手桶を作り、川の水を汲みに行く。 帰ってきたときには六分刻(三十分)立っていたが、それでもリクは休まず掘り続けていた。
「……もういいぞ」 「うん」 「じゃあ、次は掘った穴を埋めてくれ」 「わかった」
ついにリクからは何の泣き言も、文句も出なかった。
(……面白すぎる素直さだな)
何となく、この子供の扱い方がわかったような気がした。
木に登らせて葉っぱの数を数えさせたり、落ちたらタダでは済まない高さの枝から飛び降りさせたり(もちろん地面に着く前に魔法で助けたが)、
リクがファルガール以外の大人と接し、彼らの師弟関係が激しく間違っていることを知るのは、とある街に落ち着いてからの話である。
「―――あの時、師弟関係と絶対服従の意味を知らなかったのが、俺の人生における最大の過ちだったんだよなぁ……」
十年後、成長したリクは遠い遠い目をして仲間たちにそう語ったという。
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