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2006年04月19日(水) |
小野監督さようなら。 |
・・・・・いろいろ思いはするけれども、書きたいことがまとまらない。アテネ世代が多いこのチームに取って、小野監督は「恩師」として慕われている。特に、サッカー協会での育成の功績は大きく、トレセン世代にはカリスマとしてあがめられている人だった。寿人や駒ぴょんのコメントからもそれがよくわかる。
ただ、アテネより下の世代にはどうだったんだろう、ということはよくわからない。4年、というのはサッカーにとっては長い期間だ。多くの選手は4年も居ずにチームを離れてしまう。あるいは、小野監督に認められなかった、という理由で離れていった若手選手も居たのかもしれない。
育成、普及をサンフは球団の核事業として取り組んでいる。 球団の理念はこうだ。 「サンフレッチェ広島は、サッカー事業を通じて夢と感動を共有し、地域に貢献する」ことであると。
昨年の講演で語られた高田GMの言葉を繰り返すと、
「サンフレッチェといえば、どうしてもピラミッドの頂点の、トップカテゴリ(プロチーム)だけを指していると思われがちだが、私たちはこうした、育成普及活動のすべてが、サンフレッチェと言う球団だと思っている。普及活動のほうでは、年間1万人という子どもとサッカーを通じて触れ合っている。また、育成に関しては、引き続き力を入れていき、三位一体の教育を通し、日本一の育成球団を目指す。」 ということなのである。
年間1万人を超える(今はサッカースクールも増え、育成事業も拡大しているから、もっと居るだろうが)児童生徒とサッカーを通じて関り、普及に努めているサンフと言う球団だが、トップチームはその象徴なのだ。トップチームが魅力がないと、地元のサッカー少年が他球団を選ぶだけでなく、子ども達がサッカーそのものに興味を失ってしまう危険性すらあるのだ。
目先の優勝を追って、毎年のように選手を入れ替えるのではなく、夢と感動を与える素晴らしいサッカーをビッグアーチで見たいのだ。前田俊介や柏木陽介のようなファンタジー性を持った選手が成熟し、槙野智章や平繁龍一のような地元の選手が活躍し、中心となった時に優勝を狙う、それぐらいの心構えでチームの成長を待ちたいと思う。
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