読書記録

1998年06月02日(火) 悉皆屋康吉          船橋 聖一

かつて、呉服屋や顧客と、染物屋仕立屋などの間に立って着物一切の仲介をする職業があり、悉皆屋といった。現代でいえば和服コーディネーターである。この悉皆屋の康吉が一流の染色家になるまでの波瀾の人生を描いた傑作長篇。戦時下にあっても芸術的良心を貫こうとした著者の心情が色濃く投影されている

「人間ってものはな、ふだんは善人だ。ところが、そういう善人でも、いよいよ、背に腹は代えられなくなると、ひょんなことで、罪を犯してしまう、悪いと知りつつ、手を出してしまう。そりゃア、どんな人でも、はじめっから、悪い奴に生まれたものはいないのさ。みんな善く生まれて、悪いことをする。だから油断してはだめだ。この、いよいよ背に腹代えられなくなったときに、悪事に手を出そうかどうかと迷う、おのれの性根の狂いかかる時を知ってる人間を、苦労のできた人というんだ。よしか。ここをよく味わなくっちゃいけねえ。そこまでゆかずば、まだ、苦労をしたなかには入らねえのよ」


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