うさぎのつぶやき
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2005年05月25日(水) |
◆VAN・石津謙介氏 |
ちょっと見るものがあってTVを見ていたのですが終わった後、他のチャンネルに切りかえたら 「VAN」の創設者「石津謙介」氏が昨夜亡くなったと報じていました。
中学、高校と私たちのころはアイビールック全盛でした。 田舎の町もコッパン・コインシューズ・ボタンダウン・プルオーバー、そして エンブレムのついたジャケット・レジメンタルのネクタイ・・・と いかにも洗練された、アメリカナイズされたファッションで、あふれていました。 そしてポケットに手を突っ込んで、ちょっと前かがみになって肩を揺らしながら すり足気味に歩くという歩き方まで流行していましたし、 そんな若者の必須アイテムは、黒と赤で書かれた「VAN」のロゴの入った 茶色い紙袋でした。
私は中学も高校も制服がありましたし、ずっと部活で、バレーボールをしていましたので 私服で出かける時間など全く有りませんでしたし、もしあったとしても 市販されている洋服を買うなんてことがありませんでしたから流行のファッションには トンと縁がありませんでしたが、それでも高校の制服がブレザーだったので、 IVYルックの専門店で売られていたボタンを買い、付け替えて悦に入っていたものです。
社会人になってからはお給料が出ると必ず、心斎橋まで行き、VANの専門店で、 メンズのボタンダウンシャツやダンガリーシャツ、マドラスチェックシャツなど 買ったものです。 その頃メンズ雑誌「メンズクラブ」(通称メンクラ)というのが有って 毎月流行をチェックしたりなんかしていました。 (未だにそのメンクラは捨てられずに束にして物入れの奥に眠っています。)
当時、「VAN」の会社が今のアメリカ村にありましたので、そのあたりを通ると 石津謙介氏を見かけることがありました。 その頃の「VAN」愛好者にとっては彼は神様みたいな人でしたが とても気さくな人で、私たちが“石津さんだッ!”などと肩寄せて遠巻きにいていると にっこりして爽やかに通り過ぎていかれていました。
『カッコいい大人』そんな雰囲気のある方でしたが、晩年も時々テレビに出られて、 変わらないカッコよさを醸しだされていました。 享年90?歳だったとかで、そんなお年だったのかと、とても驚いてしまいました。 ご冥福をお祈りいたします。 −合掌−
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