16.力(2) - 2006年02月20日(月) 「…何でもねぇよ、放っといてくれ」 「そういう訳にもいかない。食事は取れる時に取らなければ、身体を壊すぞ。体調が悪いのか?」 アグリアスの掌が、俺の額に触れる。 温かな体温に、心臓が飛び出るかと思った。 「熱は…ないようだが、少し冷たくなっている。少し休んだ方が…」 「いいって。放っとけってばっ」 命の恩人でしかも貴族のお嬢さんに向かって、何て口の聞き方してんだろうな、俺。 だけど、今はアグリアスにだけは会いたくなかったんだ。 合わせる顔がない。これ以上情けないとこ見られたくない。 あんな風に言えば、アグリアスはいつもみたいに怒ると思っていた。 “だったら、勝手にしろ”って去ってくれると思っていた…のに。 アグリアスは寂しげな、悲しげな顔をしている。 傷つけた―――そう思った。 「何で…、そこに座るんだよ」 それなのに、アグリアスは俺の隣に腰を下ろした。 「どこに座ろうと、私の勝手だろう。“放っておいてくれ”」 まるで俺の言葉を真似するように、アグリアスは言う。 そうだけどさ…。俺の傍に居たって、良いことないだろ? 「飯、食いっぱぐれるぞ」 「それはお前も同じだ」 まるで拗ねたようなアグリアスの言葉を聞いて、それきり会話が途切れた。 少し肌寒い風が頬を撫でる。アグリアスの言った通り身体は少し冷たくなってたけど、動こうとは思わなかった。 無言になったアグリアスの顔を見つめる。 綺麗な顔だよなぁ。こうして見ると、あんなに重そうな剣を振り回しているように見えない。 綺麗なドレスを着て、金色の髪を高く結って、にこにこ笑っていれば普通の貴族のお嬢さんだ。 何で…騎士なんかになったんだろう、こんなに綺麗なのに。 「何だ?」 じろじろ見過ぎたみたいだ。アグリアスは俺の視線に気がつくと眉を潜め、睨むように俺の顔を見返した。 「いや、綺麗な顔してんなと思って」 「…馬鹿にしているのか?」 何でそう悪いように取るかな。本当にそう思っただけなのに。 「してねぇって!あんたは綺麗だよ。女らしくしてれば、俺がこんな風に話したり出来ない人なんだよなぁ」 今だって手が届かないことには変わりない。 貴族のお嬢さんなのは事実だし、何より俺より全然強いし…。 「女らしい私など…、寒気がする」 「んなことねぇよ。ドレスとか着ればさ。うん、絶対綺麗だと思うぜ」 「………それ以上言ったら、殴るぞ」 そう言ったアグリアスは本気の目をしていたから、俺は両手を上げて降参のポーズを取った。 「…ハイ、スミマセン」 「…よし」 よしって何だよ。いーじゃん、綺麗って褒めてんだからさ。 だけど、アグリアスが“普通の貴族のお嬢さん”だったら、出会うこともなかった。 俺の知らないとこで、どっかの貴族のキザ野郎と結婚とかしてんだ、きっと。 そう思うと…、良かったかもしんないけどさ…。 続 -
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