末期の肺ガンで入院生活を続けていた伯母が 亡くなりました。夕方くらいだったらしいです。 初めは一週間もつかどうか・・と言われていた伯母ですが それはもう頑張って頑張って精一杯戦い続けて 三ヶ月近く命を燃やしつづけました。
亡くなるその瞬間に側に居て見送ってやるということは 今の時代、思いのほか難しいようで 伯母もまた一人で 旅立ったようでした。
伯母の娘たち(わたしのいとこ)はそれがとても やりきれなかったようで。
その気持ちは痛いほどわかります。 わたしもまた、夫に付き添っていながら 一瞬のうとうとしていた間に夫は旅立ってしまったので。
なんで声かけてくれなかったの?なんでしらせてくれなかったの? 勝手に一人で逝って・・・と怒りながら泣いて叫んで その瞬間にいてやれなかった自分を責めたものでしたから。
歳をとっていくということは いつの間にか こんにちは よりも さようならをいう回数が 増えていってしまっているような気がしています。
流れて動いている時間も想いとしての精神も実態としての身体も いつのまにかこんなに早くなってしまってるのですね。
人は死んでも世界は残り動き続ける。 親世代がいた場所にわたしたちが座りわたしたちの場所だったところには 子供が座り・・・ずれては繰り返し紡がれる輪廻の輪の一部。
紡いでも紡いでも いつか別れの為のさよならだけが人生なのか
違う と言い切れる気力もなく くらげみたいに
こんな夜には 無の中に溶けて消えてしまいたい。
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