わたしは
たぶん わたしをしっているひとがみているわたしよりも ずっと ずっと よわいにんげんです。
よわくて いつも さみしくて さみしくて
でも その さみしさは うまらない。
そこには いつからか ふかく昏い穴があいていて どうすれば うまるのか うめようとすることが しょせんはむりなことなのか
わたしにももうわからないのです。
ささやかながらも たのしいことだって たいせつなひとたちにも きょうをいまを 生かされてもらっていることにもかんしゃしてるのに
どうして この昏い穴は こんなにすーすーとさみしさを ココロにしみさせるのか。
ともすればわたしは その昏い穴に すいこまれてしまいそうになります。
せいいっぱいのSOSは でも とちゅうでとぎれる。 それはわたしじしんのせいです。
しかたないのだと だってしかたないのだと へんなものわかりのよさは これいじょう きずつくことから にげだすための イイワケ
だから シカタナイ。
しずかにわらっていれば これいじょう うしなわずにすむのなら わたしは そのほうがいい。
てをおくと ひゅーひゅーというおとにまじって さみしいよぉとほそく啼くように これは そらみみ かぜのおと?
いえないことば いえなかったことば わかるはずのないこと それでもわかってほしかったこと
ぜんぶ もう つつんでしまって
あとは
わたしが朽ちる日に いっしょにむねにかかえて。
そのときに
やっと昏い穴は ふさがるのかもしれません。
この身と
だきしめた たくさんのサミシサの欠片で。
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ゆうなぎ
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