++いつか海へ還るまで++

雨が降る 代わりに泣いて いるように

降り続く雨 降り止まぬ雨


2007年03月18日(日) 考えたこと。思ったこと。書き残しておきたかったこと。

昨日は結局 徹夜明けのまま子供と街へ。

正直 仕事の期限も迫ってて
PCの不安定さ(今の所は大丈夫なんだけど)も
気になるから尚更焦るんだけど。

それでも楽しみにしてる顔見れば約束だもんね と思う。
いつものコース歩きながら時々意識が遠くなりかかる
アブナイアブナイ。

とりあえず 一通り廻って子供達も満足の笑顔。
そうなんだよなぁ この笑顔が見たいが為。

しかし帰り着いた時にはグッタリだった。
ほんとはそのまま布団に倒れこみたかったんだけど
此処でそれしたら 当分ダメだな・・と思ったから
敢えてPC立ち上げて仕事続行。
居眠りしつつもかなり進められた。
まだ 残ってるけど とにかくひとまずさすがに限界。

少し布団で寝ようと思う。
首から肩、背中がガチガチ。
うう・・・当たり前だけど モウワカクナイモンネ

少し落ち着いたら歯医者にも基礎検診にもいかなきゃ。



そういえば すごく気になる記事をネットニュースで偶然見た。
従軍慰安婦問題について。

この問題について書かれた日記、発言、本、新聞記事などいろいろな
立場から書かれているものを読んでみて
一番 怖いなと感じたのは 普通の年配のご婦人などが

「従軍慰安婦は公娼制度による正当なもので強制連行したのではないし
お金を出して貧しい親から娘を買ったのだから問題になることでは
ないじゃないか」

と堂々と憤ってらっしゃるのを読んだ時だ。

非国民だとか愛国心だとかいう言葉が普通に出てきているのにも
正直違和感を覚えたが
(自分の国に誇りを持って愛することは必要だと思うが
少なくともそれに固執するあまり 偏った本なり情報だけに
影響されてしまうことはとても危険な気がする)
何よりもショックだったのはお金を出して貧しい親から娘を買うという
行為に対する認識。

この方には子供さんはいないのだろうかと思った。
いや 子供がいるなしではないだろう。 
兄弟姉妹でも大切な友達でもいい。
自分だったらと考えてもいい。

お金を出して人間まるごとを買い取るという行為に
違和感はないのだろうか。お金を出したのだからそれでいいのか。
人間は物じゃない。

右とか左とかそういう問題じゃなくて
どんな問題でもそうだと思うけれども
物事には色々な側面があるとわたしは考えてる。

一方的に責められる必要もないだろうが
日本という国だけが罪を犯さなかったわけではない。
実際に人権と誇りを踏みにじられた人を目の前にして
「でもお金を払ったのだから文句をいう筋合いじゃないでしょう」と
その人達は平然と言えるんだろうか。

それが愛国心で国の誇りを守ることなら
わたしはまっぴらごめんだ。

別に何処かの国の援護をしようというつもりもない。

ただ戦争というものはたとえどんな大義名分があっても
美化されるべきではないと思う。
国を守る為に死んでいった人たちというが 
それはそういう教育、洗脳を受けたからで
彼ら彼女らが本当に守りたかったのは家族であり恋人であり友人だったと
わたしには思えてならない。自分だったらそうだと思うから。

何故 形にばかりこだわるのだろう。
どの国も日本も例外ではなく。

何故 みんなが全て同じ考えに統一されるのが望ましいと思うんだろう。
それから外れた人間は非国民?


見当はずれの話かもしれないが
もう昔 子供が小さかった頃 大きな病気をして
入院したことがあった。
病院の先生が子供の状態を見られてその入院は決まった。

でも子供の場合は24時間親の付き添いが必要だ。
これは他の子供達を抱える母親で父親の協力が望めない時には
かなりの負担になる。入院が長引けば尚更。

そんな時に当時の義母だった人は
ある一冊の医学書を読んで わたしにこう言い放った。
「そんなに大変なら退院させたら?
 この本にもこの病気は自宅療養も可能だと書いてある。
 このお医者さんは権威のある人だから間違いない」
子供の状態を実際に診てくれたお医者さんが
入院が必要だと判断したのに
ソノヒトはもう昔に書かれた一冊の本の文章の方を信じた。 
確かにそんな例もあるんだろう。 
でも何冊もの色々な偏りの無い本ではなくてたった一冊の本のみの
情報で何をしてくれるわけでもないのにそう言った
ソノヒトの神経をわたしは疑った。

有り難いことに経過は順調で思ったよりも早く子供は
退院できた。 


わたしにとってこの昔の出来事は苦い思い出だが
思い出したのは今回の事と何処となく重なったから。

いつも思っていることがある。
正しいことって一つしかないのかな。
後は全部マチガイになるのかな。

確かにみんながテンでバラバラの方向ばかり向いてるばかりでは
国というモノが成り立たないということはあるだろうけど。

でも真実や正義なんて人の数だけある。
100%の正しさが無い代わりに
100%の間違いだってない。
見る方向が変われば ま反対にすらなり得る。
信念を持つことと盲信することは違うと思う。

それぞれをお互いに認め合うことが出来たらいいのに。

絶対なんて無い。
迷いながら疑問符を持ちながら生きることこそ
今 大切なことのように思えてならない。

*


※言葉足りずの上にこの問題についての勉強不足もあるから
 語る資格はないかもしれないけれど
 少なくとも 根本的な自分の中の伝えたい部分だけは
 どうしても書き残しておきたいと思ったので
 此処に。 

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                               ゆうなぎ 


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