| 2007年01月31日(水) |
勇気ひとつを友にして |
仕事から帰って自宅の玄関ドアを開けた。
疲れることはいつもだけれど 今日のそれは疲労感と呼ぶには重すぎた。 薬の力を借りた穏やかな仮面をやっと剥ぎ取って ソファーに倒れこんで目を閉じる。
普通の精神状態のヒトになら、なんてことないことだったと思う。 ただ今のわたしにはキツすぎた。 それがまったくの善意の激励なのは良くわかっている。 だから それに対してわたしはとても模範的な反応をしたと思う。
いってしまえば わたしの病気への状況把握ができている人なら こんなことは絶対言わないだろう。 それは息絶え絶えに走り続ける馬車馬に 命を縮める鞭を当てるようなものだから。
いつの間にか最初の合意地点と微妙に方向もずれていた。 くどいほど念押ししてあったはずのことは忘れられていた。 でもそういうものだ。そんなこと今に始まったことじゃない。
それを論じたりする気力はもう残っていなかったし 何よりもそういう相手に弱味を見せるのが耐えがたかった。 傷ついた気配の毛筋ほども悟られたくなかった。
だから感謝の言葉すら述べて穏やかに微笑んだ。 今更 愚かなプライドと笑ってくれてもいい。
憎んでいるわけではない。 そういう感情とは違う虚しさ。
現実の周囲にいる誰もがわたしにもっと頑張れと言う。 それが好意からのものであることはわたしにもわかる。 だけど こんなに走って走って走り続けても まだそんなに足りないものばかりのニンゲンなんだろうか わたしは。
文字通りの血の滲むような努力をしてたった一人 死に物狂いで積み上げてきたこれが まだまだ穴ぼこだらけのモノでしかないことくらい 自分が一番良く自覚している。 だからこそ 一歩でも前へ進みたいと どんな無茶な要求にも常に真摯に取り組んでやってきた。 現在進行形として。
それだけがわたしがわたしを認めてやれる部分だった。
それを粉々に打ち砕かれた。 その意図がたとえ激励からきたものでも そこにはただ粉々になった心の破片があった。
薬を飲んでいて本当に良かったと思った。 この薬によって分厚くなった仮面がなかったら 崩れ落ちていく感情を晒さなければならない破目に なっていただろうから。
世の中が甘いものじゃないことくらい 改めて言われなくても嫌っていうほど知ってる。 どれだけの辛酸をなめてきたかなんて自慢にもならないが。
家に帰っても涙は不思議と出なかった。 ただ 淡々と絶望していた。 ただただ 疲れ果てていた。
それでも往くしかないのだろう。
この皮肉な強さ?が わたしを倒れさせてくれない。
こんなに痛いのにこんなに苦しいのにこんなに辛いのに。
(で それで?)
そうだね。所詮それはわたしの問題。
個人のお客さんの仕事も急がなくては。 せっかく楽しみに待ってくださっている気持ち。 自分の持てる精一杯の力を尽くすことと それによって得られる喜びを教えてくれた人たちを 裏切ることだけはしたくない。
理由(わけ)や意味を探していたら ずっとこのまま眠り続けたくなってしまうから。
今は ただ 風に向かい立とう。
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「勇気一つを友にして」
片岡輝作詞・越部信義作曲
昔ギリシャのイカロスは ロウでかためた鳥の羽根(はね) 両手に持って飛びたった 雲より高くまだ遠く 勇気一つを友にして
丘はぐんぐん遠ざかり 下に広がる青い海 両手の羽根をはばたかせ 太陽めざし飛んで行く 勇気一つを友にして
赤く燃(も)えたつ太陽に ロウでかためた鳥の羽根 みるみるとけて舞い散った 翼(つばさ)奪(うば)われイカロスは 墜(お)ちて生命(いのち)を失った
だけどぼくらはイカロスの 鉄の勇気をうけついで 明日(あした)へ向かい飛びたった ぼくらは強く生きて行く 勇気一つを友にして
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ゆうなぎ
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