++いつか海へ還るまで++

雨が降る 代わりに泣いて いるように

降り続く雨 降り止まぬ雨


2007年01月18日(木) セイタカアワダチソウ

セイタカアワダチソウという花がある。

元々北アメリカ原産の帰化植物だったらしい。


そういえば一時 花粉症の元になるという噂が流れて
その色や姿などもいかにも花粉を飛ばしそうだったので
子供心になんだかあんまり近づかない方がいいという
イメージが植えつけられてしまっていた。

大人になって・・というかほんの数年前に
ふとしたことから花粉アレルギーの件とは関係なく
それがまったくの濡れ衣だったことを知った。


気が付けばこの花は其処此処で良く見かける。
盛りの時期は鮮やかな黄色が青空に映えて美しい。

それでもその美しい盛りの時期でも
群生して空き地に咲いているこの花に
目を留める人はあまりいない気がする。
あまりにもあちこちで見かけすぎるのも一因かもしれない。


人は身勝手なものだ。
連れてきておいて 勝手な濡れ衣を着せて
増えれば厄介者の雑草扱い。


今の季節 尚更セイタカアワダチソウは
もう随分と色褪せてしまっている。
道路際の空き地に咲いていたそれも 
もうお世辞にも美しいとはいえなくなっていて。
でもまだ根を張り天(そら)を仰いでて。




ちっとも綺麗じゃないのに。
其処には静かだけど確かな生きる力があるような気がした。




日々は相変わらず厳しい。
心身の状態は情けなくなるくらいに脆く揺れ動く。

仮面は確かに偽りだが それは反射的ともいえる形で
自動装着されてしまうのだから。
もう それもわたしの一部になっているのかもしれない。
その繋がりが歪であろうと
それが
臆病なわたしが
いつも怯えていたわたしが
わたし自身を守る為に作り上げたものである以上。



理不尽だと思うことは沢山ある。
でもそれを言えないのもわたし。
多分 他人はわたしを御しやすいと思うだろう。
実際 足元を見られていいように使われることも少なくない。

でもとても屈折した言い方をすれば
敢えてそう見せている部分もあって
それはわたしの狡さだ。その方が自分にとってラクだから。

我慢をすることには慣れている。
きちんと向き合ってできる議論ならまだしも
お互いに方向の違う、価値観の違う不毛な議論をすることに
残された力を使いたくない。
だから オヒトヨシの仮面を被る。
逃げているのだろうと思う。
それでも全てと闘えるほどにわたしは強くはないんだ。


そういうヒトにはわたしは色褪せたセイタカアワダチソウと
同じようにしか見えないんだろう。
何処までいってもカワイソウナモノとしてしか。
同情という最上級の屈辱をヤサシイジブンという美酒に
振りかけて飲み満足する。あくまでも善意。
とても自然な優越感に軽やかに酔っている。

そんな時、わたしの拒否反応は静かに発動する。
バカのつくほどのオヒトヨシを演じてわからないように距離を取る。
またこのタイプのヒトにはそれがわからないからちょうどいい。




でもセイタカアワダチソウも明るい黄色の花を咲かせる時がある。
生き残ってきたのだ。長い年月を。そうして根づいた。


わたしというセイタカアワダチソウの咲かせる花は
わたしが知って欲しいと望むひとたちに見てもらえればそれでいい。





そして今日 わたしは またひとつ 歳を重ねた。



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                               ゆうなぎ


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