咳は長引いてなかなか治らない。
でも子供達は何とか頑張って学校に行ってるし 新たにネットの友人と何か仕事としてできることがないかを 一緒に模索している。構想は固まりつつある。 とにかく形にしたいと友人もわたしも強く思っている。
0を1にするということは考える以上に甘くもないし 大変なことだとそれは承知してる。 でも0のままで嘆くよりも1まで何とかして行ってから 嘆いても遅くない。だから。
人は生き そうして 死んでいく。
当たり前のことだけれど それだけはどんな人にも平等にやってくる。
闇の中手探りで明けない朝を探している。 探し疲れて 良くヘタるし座り込む。 蹲って 時には倒れ込んで肘や膝を擦りむく。 泣きそうになっていた時もあるけど 今は ただ ゆらりと起き上がって 傷口の泥を払い また 足を引きずり歩き出す。
泣いても笑っても 生きている限り時は過ぎていく。 どんなに絶望しても生きている限りそれは100%完全じゃない。 明日という日に何が起こるかは 誰にもわからないから。
それはある意味 とてもシビアなことだ。 その比率が人それぞれ違っていたとしても 少なくとも終わりの時は喜びも哀しみも ただ淡々と公平にやってくる。
時という 大きな流れの中で。
でもだからこそ 生きようと思えるんじゃないか。
スイッチは相変らずオフのまんまで アタシのヘタレ度は全開だけれども。 ブザマにヨロケながらでも とにかく0を1にしてみよう。
始めなければ 始まらないから
泣いても笑っても
朝はやっぱり来る。
それがどんな朝でも
それでも朝は くる。
ひとつ
また・・・。
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ゆうなぎ
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