| 2006年01月04日(水) |
痛み。夜の話。ジブンの見苦しさを承知で。 |
実家で 子供達が眠った後で 両親と話す機会があった。
正直 実家のみんなを含めて 今のわたしたちは細い綱の上を綱渡りしてるみたいなものだから。
日頃はあまり考えないようにしているが 今 誰かに何があっても現状はかなり厳しくなる。
特にわたしは絶対壊れられない。
それを痛感した が それを痛感することは わたしにとっては かなり 追い詰められる精神状態になるってことだ。
逃げ場がないことを実感するから。 一人闘わなければどうしようもないのだということを 思い知らされるから。
父の気持ちもわかる。 母の気持ちもわかる。 だから なおさら切ない。
酒飲みは嫌いだ。 楽しい酒ならいいけど 愚痴でも聞けるだけは聞いてやりたいと思うけど。 酒飲み独特の絡みだけは耐え難い。 こっちがどう答えても気に入らないし ならばと黙っていたら無視してるとまた絡みだす。
多分気の弱い優しい人ほど絡み酒になりやすいのかもしれない。 アノヒトがそうだったから。 外でのストレスが家で出てた。 わたしも飲めないわけじゃないけど 結局酒がこの世から消えても困らない程度のもの。
ハッキリ言って素面のニンゲンが酒飲みに絡まれるのは かなり堪える。 相手には理屈は通用しないし大抵は自分は酔ってないと言い張る。 それで突然キレる。理由が理解できないところでキレる。 本人にはそれなりの理由があるんだろうけど素面のこっちには わからない。同じ話や嫌味をグチグチと繰り返す。 神経が焼ききれそうになるほど繰り返す。 それを10年近くも聞いてたら大概疲れ果てる。
父も酒を飲む。 アノヒトほどではないけれどやっぱり歳をとって諸々の心配事を 抱えてるだけにどうしても年々絡み酒になる
父の気持ちがわかるからなるべくわたしは その話や愚痴を聞こうと思ってるつもりだ。 でも こちらはやっぱり素面だからアノヒトの時と重なる。 フラッシュバックをおこしてしまう。
この日はとうとう 「重なって思い出すからもう止めて」と言ってしまった。 父は『あんなヤツと一緒にするな』と吐き捨てるようにいって わたしは たまらない気持ちになった。
アノヒトとだって幸せだった時はあったのだから。
いろんなことがあった。 本当にいろいろなこと。 入退院と手術、自宅療養を繰り返した闘病生活の時にすら 思いもかけない打撃がこれでもかというくらいに出てきて 何度 天を仰いだかわからない。
もう助からないと余命を宣告されたその後で 大きな問題が発覚した時もアノヒトを責めるに責められずに 何とかするから心配しないでと言って後は言葉を呑み込むしかなかった。 ニンゲンって本当に絶望したら涙も出ないんだ って そう思ったのを覚えてる。 絶望って言葉の意味があれほどわかったことはなかった。
それでも漫才の相方のようで困らせられても見捨てられない弟のようで だから 助からないと告げられた後もできることをして 看取ってやりたいと思った。
アノヒトね 言ったの。あの最後になった家族での出かけ先で わたしの腕に細くなった腕絡ませるようにして縋って歩きながら ”苦労ばかりかけてきたけど元気になったら今度こそ恩返しするから”って ほんと 遅いって。馬鹿だって。でも そう言ったの。あの時。
だから
だから 尚更 アチラ側のヒトタチのしたことが理解できないし 許せないと思ったし思っている。
何故 あの時 危篤で明日をもしれない息子を頼むと わたし一人を残して 家に帰れたのか。 何故 通夜の晩ですら 途中で数時間とはいえ わたしだけを残して 家に帰れたのか。 何故と問いかけたいことは山のようにある。 でもきっと 問いの意味すらわからないだろうと思うアノヒトタチには永遠に。
何故 遺骨を火葬場の骨拾いでこっそりと盗むくらいなら こんな醜いお金の問題で 遺されたわたし達の傷口をまた抉るような真似が あの時に その亡き人を安らかに送るべきあの場所でできたんですか? 子供たちのいる前で。あの日、あの時に。
そんなヒトタチにそんなふうに骨持っていられて アノヒトが喜んでると思いますか?
ぽつりぽつりと その夜 両親に 初めて少し 話してなかったことも 話した。
『どうしてそんな時 お父さんたちを呼ばなかったんだ』って 父は絞り出すような声で言った。
母をまた 泣かせてしまった。
でもお父さんたちもいっぱいいっぱいなのがわかっていたから とは やっぱり言えなかった。 だって ねぇ・・・仕方ないことっていうのはある。 どうにかどうにかできるのは わたししかいなかったから。いないから。
どうしたって現実。
今はでも薬のお陰で随分楽になってるよ と話した。 確かに感情の起伏が平らになって離人感は付きまとっているけど。
まだ心療内科に行く決心するより前に 両親に 一度だけ すごい有様見せてしまったことある。 泣き叫んで髪掻き毟って壁に床に何度も何度も頭打ちつけて。 あれはもう絶対 見せちゃいけないって誰にも。そう心に誓ってる。
眠剤飲みだしたのを母は心配してるけど。 風邪までひいてしまって一時薬の量がかなりだったから。
でもこれで今日を生きることが出来てる。 気休めでも一生飲み続けなくちゃならなくてもかまわない。
わたしというニンゲンの存在する意味がある限り 見届けたいことや逢いたいと想うひとたちがいる限り。
わたしはどうしたって生きたいと思うし 諦めたくない。 明日はわからないけど 明日がわからないから 多分
わたしたち生きていけるんだと思うんだ。
いっぱいの抱えきれないもの 整理しきれないもの 抱きしめて 零して 失くして また 拾い集めて
懸命に
それぞれが それぞれなりに
今日も 今も
ねぇ
生きているよ わたしたち
ほら。
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ゆうなぎ
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