++いつか海へ還るまで++

雨が降る 代わりに泣いて いるように

降り続く雨 降り止まぬ雨


2005年11月02日(水) 赤い缶かん

祖母が自宅で転んで腰の骨を折って入院したと実家の父から。

それは虫の知らせというわけでもないだろうけど
ちょうど朝方 また子供が学校行きたがらなくて
どうしたものかといつもなら心配かけるからと遠慮しておくのを
実家に電話したら出ない。心配になって携帯に電話 聞いた。

たった今 救急車に来て貰って病院へ行って帰り道らしくて
本当にそれこそ今 わたしに電話しようとしていたようで。

即 入院。幸い頭は打ってなく意識はあるということを聞き
少しだけ安心はしたものの もう歳が歳。
このまま寝たきりになってしまう可能性の方が高いと。


祖母は
わたしにとってはもう一人の母のような存在で。
自身が苦労もしてきた分 色々な面で
ただの甘いおばあちゃん じゃなくて躾にも厳しく良く叱られもした。
ケンカもしたけど でもそれはいつだって心配するがゆえのものだった。


気が強くていつもシャンとしていて頑固で。
そんな祖母が少しずつ歳を重ねるごとに小さく柔和になって
少しずつ子供に戻っていって・・。
それが切なくて愛しくて 心配をかけてばかりだったから余計に。

もう不足のない歳だから 覚悟だけはしておかないとと
そう皆で言ってはいるけれど それでも

たとえ寝たきりでもいい。
生きてそこに存在していてくれれば・・と。
祈るように・・・ただ ひたすらに祈るように・・・
そう まだ甘ったれてる。 でも縋るように願う。

すぐにでも飛んでいって顔だけでも見て安心したかったけど
子供らのこともあって簡単には動けない。
何とかと相談の電話を母にしたけれど逆に気遣われて。
大丈夫だから今は子供達をしっかりみていたらいいから
何かあればちゃんと連絡するから と。
無力な自分が心底情けない。

救いは祖母にわたしの夫が亡くなったという認識が無いことだ。
その前後のゴタゴタも とうとう神経を病むようになったわたしのことも
子供に還っている祖母は知らないから。

祖母の心の中では花嫁姿で笑ってるわたしで止まってる。
それでいいって思う。


何もできてない。
何もまだしてやれてないよ。ばあちゃん・・・。
心配ばかりかけて。


不安症の発作出た。
怖くて堪らなくなって手足が小刻みに震える。
子供らが寝た後 自室で丸くなって蹲って
震える手で薬 飲んだ。




「赤い缶かん」

おばあちゃんの お菓子の缶かん

学校から帰ってきたら
タンスの上の方から
降ろしてもらって

「早く早く!今日のおやつ なん?」

何が出てくるか ワクワク
魔法の赤い缶かん

「ちょっと待ち! 手 洗ってきたんね?」

「わかっとる わかっとる」

お小言も そこそこに
へへへ! 今日はおせんべだー!!

共働きの両親に
母親代わりのガミガミばあちゃん


赤い缶かん いつから なくなったんだっけ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶりにおばあちゃんに会った

おこずかいにって くしゃくしゃの千円

「あんたに あげるのが楽しみなんやけ
 もらっときなさい」

母の声


ありがとう・・・って貰いながら
涙出てきそうになった

あの赤い缶かん
思い出してた

いつだって 貰ってばっかりで
何にも まだ返せないけれど

「おばあちゃん・・・・・・」

そっと抱きしめたら
しわしわの手が背中撫でてくれた 





まだ 早いからね・・ばあちゃん。

最後までわたしはワガママ言ってごねるよ。



おばあちゃん・・・。



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                               ゆうなぎ


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