2021年09月22日(水) |
スーツに腕時計はマストか否か |
友人の息子は現在就職活動中。オンラインで二次面接まで通過し、先日初めて志望企業に呼ばれたのだが、帰宅するなり「しくった〜!」と頭を抱えたという。
ほかの学生とともにその日のスケジュールを終え、ほっとした気持ちで人事部長の終わりのあいさつを聞いていた。が、「担当者が話している最中にスマホをいじっている学生がいた」という言葉に凍りついた。
「こういう場でスマホを触るのはどうなのか。そういう判断ができる人になってほしい」
そして、何人かの学生と「オレ、落ちた」「オレも……」とうなだれながら帰ってきたらしい。
彼らはなにも採用担当者の目を盗んでラインやネットをしていたわけではない。ただ時刻を確認しただけである。
しかし、部屋の後方から進行を眺めていた人事部長は「話も聞かず、スマホをいじっている」と思ったのだ。
私がこの話を聞いて驚いたのは、彼らが「腕時計をつけていなかった」ことである。
昨今、「時刻はスマホで確認できるから、腕時計はしない」という人は多いだろう。私もふだん腕時計はあまりつけない。つけるとしたら、アクセサリーとしての役割を期待してのことだ。
が、就職活動で会社に出向く際にも「腕時計はとくに必要ない」とみなされるほど存在感を失っていたとは。
たしかに、時刻を知りたいだけならスマホで事足りる。プライベートではそれでいい。
しかし、上司や取引先、客の前でスマホを触るとよい印象を持たれなかったり、今回のように誤解されたりする可能性がある。それに、時間管理にはスマホは不向きだと感じる。
私は仕事中、PHSを携帯しているが、それは分刻みのスケジュールを管理するのにはまるで役に立たない。
「十一時に入院がくるから、それまでに受け持ち患者の保清とAさんのガーゼ交換をして、体重測定は午後に回そう」
「昼過ぎにオペの患者が戻ってくるから、午前中にBさんの入浴とCさんのバルン交換を終わらせなきゃ」
という具合に「タイムリミットまであと〇分」と逆算して行動するため、頻繁に時計を見る。以前、ナースウォッチを落としてしまい、PHSで代用したことがあるが、「PHSをポケットから取り出し、またしまう」というたったそれだけの動作が、胸ポケットに吊るしたナースウォッチに視線を落とすのと比べたらずいぶん手間で、わずらわしかった。
実際、日経新聞やビジネス系の雑誌で企業の創業者や社長のインタビュー記事を読むと、腕時計に愛着を持っている人が多いことに気づく。
「社会人になったら、腕時計は必ずしなさい」
「時間を大切にしない人間は仕事ができない」
といった発言もしばしば目にする。
なるほど、常に納期や効率を意識して仕事をすべき人が、時刻を確認しようとするたびにいちいちポケットからスマホを取り出し、スリープモードを解除し、それからまたポケットへ……のプロセスを踏まなくてはならないことをなんとも思わないとしたら、彼は時間に敏感とは言えないかもしれない。
「時間や納期を守ることは会社の信用につながるのだから、いつでもどこでも瞬時に時刻を確認できるよう腕時計をつけることは社会人の常識である」
という考え方には一理ある。
商談や接客の最中でも、相手に気づかれることなく時刻を確認できるのも腕時計のよさ。それをつけることはビジネスマナー、身だしなみのひとつと考えている面接官もいることを、大学の就職課では教えないのだろうか。
それに、仕事中の男性が手首を返して腕時計を見るしぐさはなかなかすてきだ。
そういう意味でも、腕時計をつけないのはもったいない。私は「スマホを時計がわりに使うのは学生のうちだけ。スーツに腕時計はマスト」派である。
二十代の前半に付き合っていた人と長い時間を経て再会したとき、彼の腕時計が目に留まった。
見覚えがある気がしてしばらく眺め……思い出した。大学を卒業するときに「これから遠距離恋愛になるけど、一緒にこれつけてがんばろうな」と贈り合ったペアウォッチだった。
うちにあるのとベルトが違うのは、別れてからも彼がそれを大事に使いつづけ、革が傷むたび交換してきたからだった。私はあれから一度もつけていないのに……。
「べつに深い意味はないぞ」
わかってる。でも、うれしかった。
この先、どこかで偶然会うことがあっても、もう彼の腕にそれを見つけることはないだろう。
それでいい。年齢や収入や立場や……いまの自分にふさわしい腕時計を男の人はつけなくっちゃ。
【あとがき】 若い人にとってスマホはもはや体の一部と言えるほどあって当たり前のものだから、採用担当者の前でそれを取り出したらメールやラインをチェックしていると勘違いされるかもとか、スマホばかり気にしていると思われたら不利になるとかいうことが想像つかないのかもしれません。 ちなみに、看護師にとっても時計はマストアイテム(時刻を確認する以外にも、点滴の滴下調整や脈拍測定で使うので)ですが、腕時計を使っている人はあまりいません。不潔になりやすいし、患者さんを傷つける危険もあるので、腕時計禁止の病院もあります。 実際、手を洗うたびにつけたり外したりできませんし。それで多くの看護師はナースウォッチ(ぶら下げ型の懐中時計)を使っています。 |