それは突然やってきた。
風呂上がりに髪を乾かしていたら、腰に鋭い痛みが走り、動けなくなったのだ。這ってなんとか部屋まで行き、布団に横たわった。
急にいったいどうしたんだろう。いや、そういえばこのところ重だるいような違和感があった気もする。
「ついに来たか……?」
思わずつぶやく。
前屈みの姿勢で行う業務が多い看護師にとって、腰痛は職業病だ。同僚がケアや処置をしたあと、腰をさすったり叩いたりするのを見て「明日は我が身」と戦々恐々としていたが、私の腰もとうとう音を上げたんだろうか。
翌朝には仕事に行けるくらいまで痛みは和らいだものの、二週間経っても鈍痛が消えないため、近所の整形外科を受診した。
さて、そのクリニックで検査室に案内してくれた看護師に訊かれた。
「蓮見さんは看護師さんですか?」
問診票に職業を記入する欄はなかった。なのにどうしてだろうと思ったら、彼女はおかしそうに言った。
「問診票が“看護記録”みたいでしたよ」
症状やその経過をいつも書いているカルテのように記入していたらしい。
この話を職場の休憩室でしたところ、「受診先で職業は知られたくないよね」という声が上がった。
「親の入院中、いいように使われたもん。『○時頃にガーゼ交換をするので、創部を開けて待っててください』とか『点滴が遅れてたらコールくださいね』って、なんでやねん」
「面会に行ってるときは食事の介助はもちろんするけど、おむつ交換を頼まれたときはさすがに腹が立ったわ」
「私は逆。自分が入院したとき、同業者ってばれた途端、誰も部屋に来なくなったよ。なんかあったらコールしてくるだろうと思ったのか、警戒されたのか」
入院してきた患者が看護師とわかるとちょっぴり身構えてしまう、というのはたしかにある。一挙手一投足を観察されそうなんだもの。点滴のルートを取るときなんかに手元をじいっと見られていると、かなりやりにくい。
だから、私も患者の立場になったときは必要がないかぎり職業は明かさない。
そして、そこから「看護師あるある」の話題で盛り上がった。
A看護師とB看護師が一緒に夜勤に入ると、必ずなにかが起きる
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うちの病棟には「嵐を呼ぶペア」というのが何組かあって、彼女たちは驚くような確率で急変や死亡退院に当たっている。単なる偶然なのだけれど、とても不思議だ。
「今日は病棟落ちついてますね」と誰かが口にすると、そこから怒涛の一日になる
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数日前、「今日は平和ですねー」と無邪気に言った一年生が、「それNGワード!」と先輩に叱られて(?)いた。病棟が穏やかな日はめずらしいため、うれしくてつい言いたくなるが、ガマンガマン。
うっかり口走った途端、急変があったり緊急入院、緊急オペが入ったりして忙しくなるのはどうしてなんだろう。
先輩に次の点滴更新の時間を問われ、「二時です」と答えた一年生が、「十四時、でしょ」と言い直されていた。午前と午後を間違えないよう、医療の現場では時刻を二十四時間制で表記する。
そうしたら、雑談の中で「十五時のおやつ」と言った一年生がいて大笑い。それは「三時のおやつ」でいいでしょ!
とまあ、いろいろな「あるある」が挙がったが、最多票が集まったのがこれ。
むかし、驚いたことがある。ある男性と食事の後、立ち寄ったバーで飲んでいたときのこと。彼が「あのね、前から思ってたんだけど、蓮見さんの腕って……」といつになく真剣な顔をして言う。
ここでたいていの女性は、「きれいだね」とか「しなやかだね」といった言葉がつづくものと思うのではないか。もちろん私もそう。聞く前からもう照れながら、私は次の言葉を待った。
すると、彼は感に堪えぬように言った。
「点滴、しやすそうだなあ……!」
目が点になっている私に、彼は「ねえ、ちょっとこうしてみて」とつづけた。言われたとおりに腕の関節あたりを押さえると、青い血管がくっきり浮き上がってきた。それを見て、「これなら誰でも一発で針入れられるよ、うん」と満足げに頷いた彼は医師である。
血管が太い上に肌が白くてよく透けて見えるから、どんなに下手な人にも失敗されないだろうとお墨付きをもらったが、私は「このシチュエーションで、もうちょっとほかに言うことはないわけ!?」とずっこけた。
しかしその後、看護師になったら、彼がああ言わずにいられなかった気持ちがわかった。自分の腕や手の甲を見ると、「ほんと、いい血管してるよなあ……」とうっとりしてしまうのだ。
先日歯の定期検診に行ったら、担当してくれた歯科衛生士が「テレビやポスターで芸能人を見ると、顔よりも口元に目が行ってしまうんですよ」と話していた。
彼らの歯は白く輝いているが、多くは美しく見せるために自前の歯を削って人工の被せものをしているそうだ。また、歯茎を見れば「この女優さん、ヘビースモーカーだな」なんてこともわかるらしい。
そんなつもりはないのに、見破らずにいられない。これも立派な職業病だろう。
さて、あなたのお仕事にはどんな「あるある」がありますか?