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2007年12月04日(火) 自己満足のサービス

髪を切りに行った美容院でのこと。ソファに腰掛けて順番待ちをしていたら、小さな男の子を連れた若い女性が店に入ってきた。
「少しお待ちいただくことになりますが」
「かまいません」
というやりとりの後、私の向かいに座ったふたりをなにげなく見ていたら、受付をした美容師が女性に何冊か雑誌を持ってきた。……のであるが、同時に男の子にも「はい、ボクどうぞ」となにかを手渡している。なんだろうと思ったら、棒つきのキャンディだった。
「これでも舐めておとなしく待っててネ、ということなのかな」
と思ったそのとき、男の子の絶叫が店内に響き渡った。ママが息子の手からキャンディをとりあげ、美容師に返したからである。
「飴は食べられないのでけっこうです」

男の子の泣き声は私のカットがはじまってもまだ続いていた。

* * * * *

先日、一歳半の姪の顔を見に妹宅に遊びに行ったら、彼女がため息をつきながら言う。
義理の両親にとって娘は初孫。とてもかわいがってくれてありがたいのだけれど、困っていることがひとつあるという。
なんでも三歳だか四歳だかまで口内にミュータンス菌を作らないでいると大人になってからも虫歯になりにくいそうで、妹は自分が歯で苦労しているだけに、甘いお菓子を与えない、箸やスプーンを大人と共有しない、など娘の食事にはかなり神経を遣っている。しかしながら、義父母は孫の喜ぶ顔見たさに甘いものをやりたくてしかたがない。何度言っても、「○○ちゃんにシュークリーム買ってきたわよ〜。ケーキはだめでもこれならいいでしょ?」「シュークリームはだめでもプリンなら……」と不屈の精神で毎回お菓子を持ってやってくるらしい。
「あげたくなる気持ちはすごいわかる。けど、やっぱり困るねん。まだ食べたことがないから、○○は自分からは欲しがらへんのよ。それをわざわざ与える必要はないし、そういうもんの味を覚えさせてからとりあげるなんて残酷やんか」
だから、義母に「半日くらい預かっててあげるからゆっくり買い物でもしてきたら?」と言われても甘える気にはとてもなれないという。

もし子どもがいたら同じことを思うだろうなあ、と思いながら私は妹の話を聞いた。
数年前まで、夫の実家に帰省するたび思うことがあった。たいてい近所に住む義弟の子どもたちが来ていたのであるが、彼らは好きなときに好きなだけという感じでアイスクリームを食べたりカルピスを飲んだりしていた。いまでこそ小学校に上がったのでそう気にならなくなったが、その頃はよく「三つ、四つの子がこんなに甘いものを食べていて大丈夫なんだろうか」と思ったものだ。
こだわらない人はぜんぜんこだわらないようだが、私の周囲には虫歯や肥満、食事量が減ったり好き嫌いができたりすることを心配して小さいうちはお菓子を与えたがらない親のほうが多い。
友人はチョコレートが大好きなのだが、子どもが欲しがらないよう「ああ、まずいなあ、苦いわあ」と顔をしかめながら食べるようにしているという。また別の友人は近所の保育園がおやつの時間にジュースを飲ませると聞いて即、候補から外したそうだ。
私はそういう話を聞くたび、昨今のママたちのわが子の健康に対する意識の高さに感心するのだ。

冒頭の出来事を同僚に話したところ、「そうそう、そういうのってほんと迷惑なんだよ」と頷いた。
食事に行くと注文を取りに来た店員が“サービス”で子どもにビスケットやチョコレートの小袋を持ってくることがあるが、息子はアレルギーがありなんでも口にできるわけではない。しかしそういうとき、店員はニッコリ笑顔で子どもに直接渡してしまうので、断る間がない。
後から「これは食べられないからナイナイしようね」と言っても、子どもがいったん手にしたお菓子をすんなりあきらめるわけがなく。無理にとりあげようとすると泣きわめくので、大変なのだそうだ。
「こっちにとってはちっともありがたくないんだよね。店の自己満足でしかない」
という彼女の言葉を聞いて、祖父母が孫にお菓子を与えたがるのも同じことだなと思った。
“勘違いのサービス”の罪深さ、厄介さをつくづく考えた。

【あとがき】
義父母の世代が育児をしていた時代には虫歯菌がどうのこうのという情報はなかったから、いまのママたちが子どもに甘いものを与えたがらない感覚がぴんとこないんでしょうね。「そんなに厳しくしなくてもいいじゃないの」という感じなのではないでしょうか。
そうそう、義父母に会わせるとテレビ見せ放題やおもちゃ買い与え放題になるのを嫌うママも多いです。