2007年03月13日(火) |
意外としつこかったのね |
前回のテキストを書き終えた後、大昔のある記憶がよみがえってきた。先日私は「夫の携帯や手帳をチェックしたことはない」と書いたが、恋人宛てのハガキを読んだことはある。
あれは二十歳の頃のこと。付き合っていた年上の男性のマンションに泊まった翌朝、彼を会社に送り出した私は洗濯を済ませたら自分の家に帰るつもりだった。が、部屋の隅にたまった綿埃を見て、「掃除もして帰るか」と思いついた。
「きれいになった部屋を見たら喜んでくれるかしらん」
鼻歌まじりにフローリングの床を雑巾がけ。するとベッドの下に紙が落ちているのに気がついた。
拾い上げるとハガキだった。小さな丸文字が紙面いっぱいに埋まっている。表返してどきり。差出人は私と出会う少し前に別れたと聞いている彼の元彼女だった。
その女の子と私は学年も学部も同じだったため、講義室でしばしば顔を合わせていた。しかし、彼女の私を見る目はとても不躾だったし、私もそんな彼女に対しておもしろくない気持ちを抱いていたので、お互いによい印象は持っていなかった。
消印を見ると最近届いたものである。彼女がどうしていまごろ彼に手紙をよこすのか。私はかなりむっとして、ハガキを読んだ。
「テツヤちゃん、元気ですか」
出だしの一文でもうカチンとくる。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというやつで、「ちゃん」という呼び方から気に入らない。いらいらしながら彼女の近況報告を流し読みしていたのだが、ある箇所まできてつっかえた。
「小町ちゃんはすごくいい子だよ」
小町ちゃんって私のこと?……まさかね。だって私、この子と話したことないし。
「優しいし、大人だし。私よりテツヤちゃんを幸せにできると思う」
やはり私のことらしい。しかし、頭の中にクエスチョンマークが乱れ飛ぶ。「テツヤちゃんを幸せに」ってなに?どうしてあなたがそんなこと言うわけ?
「だから小町ちゃんを大事にしてあげてね」
あまりの気持ち悪さに私はハガキを放りだした。
どうしてあなたにそんなこと頼まれなきゃなんないの。それじゃあまるで「私はいいのよ、身を引いて小町ちゃんに譲るわ」みたいな言い草じゃないの。
彼とどんなやりとりがあってこのような文面になったのかわからない。けれども、胸の中は不快指数100。このところ彼の「女友だち」との付き合いに私が疑問を持ち、よくケンカになっていた。その前日、私が部屋を訪ねたのも彼の言い分を聞くためだった。解消されたばかりの不信感がふたたび入道雲のように膨らんだ。
「これはどういうことなんだろう……」
と思ったら、文末にすべてを説明してくれる一文があった。
「P.S.このあいだはありがとう。そうだ、私のしろくま、食べちゃだめだからネ!今度泊まりに行ったときの楽しみにとってあるんだから」
……ふうん。「大事にしてあげてね」と言いながら、泊まりに来るわけね。
冷凍庫を開けたら、「九州名物しろくま」アイスが本当にあった。そして、この部屋にお客用の布団はない。
「ああそう。そういうことですか」
誰かへの気持ちがあんなに急激に冷めたことは後にも先にも経験がない。
私はハガキをテーブルの上に置き、五分後には部屋を出た。合鍵はドアポストの中に投げ捨てた。
あれから十五年経つけれど、いまでもスーパーで「しろくま」を見かけるとイヤーな気分になる。私って意外としつこかったみたい。