2006年11月10日(金) |
友達リストから外すとき |
同僚の話である。
街でばったり懐かしい友人に会った。携帯のアドレスを交換して別れたら、その夜「近いうちにお茶しようよ」とメールが。彼女は喜んで誘いに応じ、後日旧友のA子さんと会った。
しかし、数年ぶりの再会は楽しいものではなかった。待ち合わせ場所で合流するなりA子さんが言った。
「悪いんだけど、一本だけ仕事の電話をかけたいから会社に寄ってもいいかな。すぐそこだから一緒に来てもらえる?」
同僚はビルの前で待っているつもりだったのだが、遠慮しないでとオフィス内の小部屋に通された。用事を片づけてくるねとA子さんが去り、部外者がこんなところまで入り込んでいいのかしら……と居心地の悪い思いをしていると、若い女性がお茶を運んできてくれた。
お客でもないのに悪いなあと恐縮していたら、彼女が名刺を差し出すではないか。どうして私に?とりあえず受け取ったもののきょとんとしていたら、「○○様はいまお肌のお手入れはどのようにされてますか?」と突然訊かれた。
「はっ?」
「こちらの美顔器はエステティックサロンでも使用されている高性能なものでございまして、ご家庭でも簡単にプロのエステと同様の効果を得られると私どもが自信を持ってお勧めする……」
女性はそう言いながらテーブルの上にパンフレットを広げ始めた。そこは美容器具を販売する会社だったのだ。
「あらいやだ、私のこと、お客さんだと思ってるんだわ」
この人は自分をお客と勘違いしてお茶を出し、商品説明を始めたのだろう。同僚はそう思った。
が、まもなくそうでないとわかった。戻ってきた友の顔を見てほっとした瞬間、A子さんが言ったのだ。
「それ、いいでしょう?分割にすれば月々の金額はスポーツクラブに通うくらいだよ。自己投資だと思えば安いものよね」
* * * * *
「こんなのってある?友達だと思ってたのに……」
同僚が悔しそうに言う。彼女にとってA子さんは「古い友人」だったが、A子さんにとって彼女は「ターゲット」だったのだ。
私にも同じ経験がある。
同僚と食事に行った帰り、「うちに寄って行かない?」と自宅に誘われた。じゃあお言葉に甘えて……とお邪魔したら、ソファに腰掛けるやいなや分厚い冊子を手渡された。見るからにお金持ちそうな人たちが別荘でくつろいだり着飾ってパーティーに出たりしている場面の写真がずらり。何者なのだろう?と思うまもなく、この人はお医者さんだとかこの夫婦は一年の半分を海外で過ごしているといったことを彼女が説明し始めた。
それは「ダイヤモンドDD」と呼ばれるアムウェイ・ビジネスの成功者たちのアルバムだったのだ。
もしかして私を勧誘するつもりなの……?
私の動揺に気づいているのかいないのか、彼女はおもむろにテーブルの上にアルミホイルを広げた。その上に二種類の歯みがき剤を少しずつひねり出し、
「左が市販の歯みがきで、右がアムの。で、これをね」
と言いながら、それぞれを指の腹で円を描くようにこすった。
「ねえ、見て。市販のはもともと真っ白だったのにグレーに色が変わったでしょう。でもほら、アムのほうはきれいな水色のまま」
このグレーはアルミホイルの色である、市販の歯みがき剤に配合されている研磨剤は汚れだけでなく歯の表面まで削り取ってしまうが、アムウェイの製品は粒子が細かいためそうならないのだと説明した。
そして、「伝えたいことがあるから近々時間をつくって」と言った。
その後は断っても断っても“不屈の精神”で口説いてくる。ふつうの会話をしていてもいつのまにかそちらの方向に話を持って行かれる。
私は困惑する以上に悲しくなった。彼女が私との関係を大切にしたいと思っているのなら、一度きっぱりと断った時点であきらめてくれたはず。鬱陶しいと思われてもかまわないと開き直っているかのように電話やメールが頻繁にくるのは、彼女にとって私は勧誘が失敗したときには失っても惜しくない存在だからであろう。
「今度ゆっくり遊びにおいでよ」
もうその言葉を無邪気に受け取ることはできない。なんのために?またデモンストレーションのようなことをするつもり?
ずいぶん前であるが、友人が片思いをしていた男性に勧誘され、やはりアムウェイを始めたことがある。動機が動機だけに周囲はそりゃあ心配したが、彼に近づきたい、好かれたい一心で一時はかなりのめり込んでいたらしい。大切な友人だったが、会社にまで電話がかかってくるようになり、さすがにしばらく距離を置こうと思った。
その後何年かして彼女は男性をあきらめ、活動もやめた。それで私たちの付き合いは元に戻ったのだけれど、その頃食い潰した人間関係のいくらかは修復できていないようだ。共通の友人たちは彼女の執拗な勧誘にどれほど迷惑したかをいまだに口にする。
「金儲けに私を利用しようとした」という思いは拭い去れず、表面上はこれまでと変わらぬ素振りで接しても“友達リスト”に復帰させる気にはなかなかならないのだろう。どれほど儲かるのか知らないが、その代償は決して小さくなさそうだ。
宗教とか生命保険の契約とか。友人知人から持ちかけられる話はいろいろあるが、電話やメールがくると「またあの話か?」とどきっとしてしまうほど切ないことはない。