過去ログ一覧前回次回


2006年10月04日(水) 給食費を払わぬ親たち

内館牧子さんのエッセイに、小中学校の給食室を取材したときの話があった。
たくさんの栄養士や調理員の人たちに会って内館さんが感動したのは、子どもたちが栄養バランスのよい献立をおいしく安全に食べられるようにと現場で涙ぐましい努力がなされていることだったという。
ニンジンやピーマンはそれが入っていると気づかれないよう工夫をして調理する。アレルギーで食べられないものがある子どもの分はみなと同じに見える、似た食材に差し替える。食中毒事故を起こさないため、サラダの「生野菜」にも火を通し、空中に浮遊する雑菌がつかないようゆで卵の殻は教室に運ばれる直前に調理員がいっせいにむく。調理器具の洗浄、消毒もそこまでしているのか!と驚くほどの神経の遣いようだそうだ。

これを読んで思い出したのは、少し前に見たNHKの番組だ。
小学校の給食事情を取り上げていたのであるが、食品アレルギーを持つ子どもの給食を個別対応している自治体があって舌を巻いた。卵、小麦粉、そば、青魚、牛乳……など子どもによって摂取できないものが違うから、それは恐ろしく手間のかかる作業になるはずだ。それでも、「みなとできるだけ同じものを食べさせてあげたい」という思いで別に作り、間違いがないようそれぞれに手渡ししているという。
半年前に「給食の思い出」アンケートをした際に、「いまの給食はナンだ、クスクスだ、ビビンバだ、チリコンカンだ、とワールドワイドな献立になっている」とか「メニューの和洋中によって食器が替わる」といった話を聞き、自分の頃と比べるとすごい進化をしているのだなあと思っていたのだが、子どもたちのためにここまでしてくれているとは……脱帽である。


しかしながら、十月一日付けの産経新聞の記事によると、そんな給食をありがたいと思うどころか「頼んだ覚えはない」と給食費を払おうとしない親がいるというからびっくりである。
高級外車に乗っていたり携帯料金を月々何万円も払っていたりと支払い能力があるにもかかわらず、「義務教育だから払う必要はない」と応じない家庭が増えており、やむなく学校側が立て替えるものの子どもが卒業すると回収できないままになってしまう例が絶えない……という内容だ。

「なんて親だ」という憤りについては多くの人と共有できるものであろうので、あらためて書かない。私がこの話を取り上げようと思ったのは、「給食費の不払いにはどんな対策が有効だと思うか」というYahoo!のアンケートで、「その子どもには給食を出さない」を選んだ人が31%でトップという結果(回答期間は七日までなので途中経過であるが)を見たからだ。
その理由として、「それは無銭飲食と同じ。子どもに罪はないが、しかたがない」という主旨のコメントが並んでいる。
上記の新聞記事によると、教員やPTA役員が立て替えた給食費を踏み倒されるだけでなく、未納によって予算が少なくなると安い食材を使ったりデザートをなくしたりすることで調整せざるをえず、きちんと払っている家庭の子どもにしわ寄せがいく事態になっているということだ。
子どもを持つ親なら誰だって、そんなばかな話があるものか、一部の身勝手な親のためにわが子の給食の質や量を落とされるのは我慢ならない、と思うに違いない。「『頼んだ覚えはない』と言うんだから、やめてやれ!」と言いたくもなるだろう。

お金を払わなければものは買えない、食べられない。それが社会のルールであり、正直者が割を食うなんて不公平があっていいわけがない。私もまったくそう思う。
しかし、である。だからといってこの問題を「子どもに給食を提供しない」ことで解決しようとしてはならない、と強く思う。
「弁当を持ってこさせればいいじゃないか」という意見も多いが、そんなに簡単に言っちゃいけない。それは子どもの心と体にどんなに大きな傷を残すリスクをはらんだことであるか。
おかしな理屈をこね、子どものための出費を渋るような親なのである、明日から給食なしとなったところで手作りのまともな弁当を持たせるかどうかわからない。みなが同じ食器で同じものを食べている中、コンビニの袋からおにぎりや菓子パンを取り出す子どもがいたら……。なんて寒々しい光景であろうか。
クラスのみなが彼のところに給食が配られない理由を知ることになれば、いじめの原因になりかねない。たとえそうはならなくても、給食の時間には教室に微妙な空気が流れるだろう。本人がみじめな思いをするだけでなく、周囲の子どももまた困惑するのではないか。もしそういう子が隣席にいたら、私は給食をあんなに無邪気においしく食べられただろうか……。
「給食の思い出」アンケートの回答の中に、「子どものほうが親よりよっぽどいいもの食べてます」というのがあったが、それは内館牧子さんのエッセイを読んでも頷ける。
給食費を納めてもらえない子どもの中には、給食が一日のうちで一番のごちそうだという子もいるかもしれない。「そんなこと知ったこっちゃない、払わないのが悪い」で片付けてよいのか。

子どもが食べる分を親が払うのは当然。「払わないから給食停止」ではなく、「どんな手段ででも払わせる」のが筋というものだ。差し押さえによる強制徴収なのか別の手立てなのか、とにかくそのための方法を模索するべきである。
「滞納者の住所、氏名を公表する」にも19%の人が投票しているが、そういう見せしめのようなことにも私は反対だ。自分の子どもが食べる分をよその家庭に負担させてもなんとも思わない人たちは世間の目を気にするような感覚を持ち合わせてはいないだろう。
それで恥をかき、苦しむのは子どもだけ。とんでもない親を持った子を守ってやるどころか、制裁の道連れにしてどうする。
そうでなくても、彼らはもう十分とばっちりを受けているのだ。

給食費を払わぬ親はわが子が毎日どんな気持ちでそれを食べているか、想像したことがあるのだろうか。
クラスメイトがそのことを知っていてもいなくても、後ろめたく居たたまれないに違いない。みなのように給食の時間を楽しみになんてとてもできないだろう。もしかしたら食べないでいるほうがよほど気が楽だと思っているかもしれない。
子どもは「自分だけただで食べたい」なんてこれっぽっちも思っちゃいない。どうしてそれがわからないのか。
自分たちも給食を食べて育ったんだろうに。