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2006年06月05日(月) 夢を見つけるということ

先日、電車に乗っていたときのこと。途中の駅から乗り込んできた女性四人組を見て、「あ!」。
年の頃は二十二、三。ふたりはすらりと背が高くショートカットでパンツルック、あとのふたりはロングヘアで可愛らしいお嬢さんという感じ。個性は正反対なのであるが、四人とも雰囲気というか物腰というかに品がある。それに姿勢がすばらしくよいので、とても目立つのだ。

わあ、素敵……と思っているうちに彼女たちは目的地に着いたらしい。四人が電車を降りたのを見届けて、私は隣りの友人に言った。
「さっきの、タカラジェンヌよね!」
すると、「私も思ってた〜」と友人。まあ、やっぱり気づいていたのね。
彼女たちの会話に「タカラヅカ」という言葉が出てきたわけではないけれど、男役ふたりに娘役ふたりだったのは間違いないと思う。年齢からして、宝塚音楽学校を卒業して宝塚歌劇団に入団して数年、というところではないかしらん。

「そういえば、宝塚音楽学校ってむかし憧れたわあ」
友人が遠い目をする。私や彼女のように関西で育った女性には「宝塚音楽学校」にちょっとした憧憬を持っていたという人が少なくない。
「東の東大、西の宝塚」と言われるほどの難関で、みな受験のために声楽やバレエの教室に通い、何年もかけて準備をする。が、実力さえあれば合格できるというわけではない。応募要綱の受験資格の欄には「容姿端麗であること」とばっちり書かれているのだ。
校訓は「清く、正しく、美しく」。ブランド品を持ってはいけないとか、私服でも赤い色のものを着てはいけないとか。登下校の際は正面を向いて二列縦隊で歩けとか、電車は一番後ろの車両に乗れとか。とにかく礼儀作法やしつけが厳しいことで有名で、ここの生徒にかぎってローライズのパンツを履いてお尻を見せたり、電車の中で化粧をしたりなんてことはありえない。
そういうところで寮生活をしながら稽古を積んでいる女の子たちは並大抵でない根性があるに違いないと思ったし、「本物のお嬢さん」という感じがしたものだ。

歌劇団に入団して何年目くらいから役付きで舞台に立てるのだろう。若い四人にはまだそこまでのオーラはなかったように思うけれど、がんばってほしいねえと友人と言い合った。
そして私はふと、少し前に見たミュージカル「アニー」のオーディションを特集した番組を思い出した。
「アニー」はニューヨークの孤児院で暮らす子どもたちの話なので、オーディションの参加者は幼稚園から小学生の子どもであるが、アニーとその仲間たちの一人に選ばれんと、みな学校が終わると歌やダンスのレッスンに出かける。二十八の子役の枠に応募は九千人。合格するのは宝くじに当たるような確率なのであるが、多くの子どもは諦めず、今年アニー役に選ばれた女の子も六歳で初挑戦してから四度目の正直だったそうだ。

「すごいなあ……」
思わずつぶやく。小枝のような手足をしたまだこんなに小さな子どもたちが、これほど確固とした夢を持っていて、それを叶えるために自分の意思でいろいろな習い事をしているのである。
子どもだからといって優しい笑顔を見せてくれるわけでもない試験官の前で歌やダンスの実技試験を受け、「人生の中で一番緊張しています」と言いながら合格発表を待つ。名前が呼ばれず、お母さんにしがみついて泣く姿は年相応の子どもであるが、会場を後にするときには「悔しい。来年はぜったいがんばる」と言うのだ。どの子もものすごくしっかりしていて、実際の年齢より二つも三つも上に見える。
私がこのくらいの年だった頃、ここまでなにかに執念を燃やしたり、唇を噛みしめてリベンジを誓ったりしたことなんてなかったものなあ。

* * * * *

……という話を同僚にしたところ、「夢を追う子どももがんばってるけど、親もがんばってるんだよー」と彼女。
中学生の彼女の娘はバレリーナを目指している。単なる憧れではなく、なんとかという全国コンクールで優勝し、ニューヨーク公演に参加したこともあるというから、その見込みは十分あるのだ。
「でもね、とにかくお金がかかるの。ニューヨークに連れて行ってもらったときも同行してくれた先生方の旅費、全部こっち持ちでしょう。付き添いの先生はひとりでいいですって言いたくなっちゃった。それに、中学出たらバレエ留学したいらしいし……。だから親はこうして骨身を削って働いてるのよお」
しかし、彼女はうれしそうだ。
以前テレビで、有名私立小学校の“お受験”に失敗した子どもが泣きながら母親に「ごめんなさい」と言うのを見たことがあるけれど、親の夢に子どもが必死でついていく姿は痛々しい。でも、子どもの夢に親がついていくのを見るのは大変そうでもほほえましい。

やりたいことが見つからない、とニートやフリーターでいる若者が増えていると聞くけれど、「自分で自分のやりたいこと、なりたいものを見つけられる」というのも、れっきとした個人の“能力”である気がする。
タカラジェンヌになりたい、アニーになりたい、バレリーナになりたい。こんなに小さいうちに夢を見つけ、それに向かって邁進する子どもたちを本当にすごいと思う。
私はここまでの人生、まずまず順調にきたと思っているけれど、実はそこまで強く望むものがなかったがゆえに「思い通りにいかない」と感じる機会がなかった、ということだったりして……なんてちらと考えてしまった。

あなたの心になにか残ったときだけ
(アドレスわからないようになってます)