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2006年05月10日(水) すごい話を聞いちゃった

交差点で信号待ちをしていたら、突然「2ちゃんねるって知ってるか?」という声が聞こえてきた。
ふと隣を見ると、スーツ姿の若い男性が携帯電話で話している。ネット系の話題だわと思い、聞くでもなしに聞いていたら、驚きの内容だった。
同僚の中の誰かの奥さんが2ちゃんねるに「銀行マンの夫の残業代がつかない」「休日出勤が多すぎる」といった会社に対する批判を書き込んだ。それが会社の知るところとなり、いま社内で大問題になっているというのだ。
「で、俺らも今日は早く帰れって言われてさあ」
と男性がのんきに言う。
が、彼の話が「書き込んだのが誰の嫁さんかってのはもうほとんどわかってるんだよね」と続いたものだから、私の耳はますますダンボに。なんとその奥さん、「○○銀行」と名指ししただけでなく、夫が勤めているのは大阪にある支店の中で唯一ATMを置いていない店舗であるとか、仕事内容はこんなこんなでひと月のサービス残業は何時間であるといった、きわめて具体的な情報まで書き込んでいたのだ。
それによって「夫」の勤務地と所属部署が割り出され、さらに残業量や既婚者であるなどの条件で絞り込んでいったら、該当する男性は三人。そのいずれの妻が書き込みをしたのかは現在調査中であるという。
私の隣で携帯で話している男性はまさにその「夫」と同じ支店勤務で、別の支店の同僚にその“ビッグニュース”を伝えていたところに私は居合わせた、というわけだ。
「こういうのって処分はどうなるのかねえ?」
と男性が言い、私は「そう、そう」と心の中で相槌を打った。その瞬間、信号が青に変わった。
もちろん私は男性と同じスピードで歩くつもりだったのであるが、彼は立ち止まったまま話し続けている。バッグの中のものを探すふりをしてぐずぐずしてみたが、結局そこまでしか聞くことができなかった。
私は帰宅するやパソコンを立ち上げた。男性は銀行名、支店名、部署名、すべて固有名詞を出して話していた。さきほどの話が聞き間違いでないかどうか確かめようと思ったのだ。
○○銀行のサイトにアクセスしてみたところ……。会話にでてきた「××支店」は実在し、妻の書き込み通り、そこは大阪府下で唯一ATMを設置していない店舗であった。

本当の話であるらしいとわかり、私が真っ先に思ったのは「いまごろ奥さんは自分がしたことの重大さに気づいて真っ青になっているのではないか」ということだ。
かなり前であるが、夫の過労を心配する三十代の妻が新聞の投書欄に夫の会社を非難する文章を投稿したことについて、「実名でこんな投稿をして大丈夫なのか?」と書いたことがある。
それは当然、社内の人間の目に触れるだろう。それによって夫がここまで培ってきたものが根こそぎ崩れ去るようなことにはならないのだろうか、と。
しかし、今回は少し違った感想を持った。新聞に投稿した妻に対しては「彼女は自分の文章が上司の目に留まったとき、夫が被ることになるかもしれない不利益についてまでは考えなかったのではないか」と感じたが、2ちゃんねるに投稿した妻には「この人は自分の書き込みが会社の人間の目に留まること自体、まるで予想していなかったのだ」と思った。
おそらくこの女性は2ちゃんねるについてあまりにも無知だったのだ。「匿名でなんでも書き込める便利な掲示板」くらいの認識しか持っておらず、過去に勤務時間中にそこに書き込みをしたり内部事情を明かしたりしたことで懲戒処分を受けた人がいるといった話は知らなかったに違いない。
でなければ、関係者が読めばたちまち「夫」が誰か特定されてしまうような情報を晒したりはしないだろう。
新聞投稿のほうは「実名」「媒体が新聞」という点で、相手の情けが深ければ妻の切実な訴えと受け取ってもらえる可能性もあるが、「名無しさん」で「2ちゃんねる」では救いがない。そして会社はそこに書かれた恨みつらみを、「妻の愚痴」でなく「夫の本音」とみなすだろう。
妻が新聞やネットの片隅でなにを訴えたところで、夫の処遇が改善されることはない。しかし、その投書や書き込みは夫の将来に傷をつけるものにはなりうるという皮肉。
どんな指導を受けるのかわからないが、気の毒なのは夫である。

……それにしても。
「アベさん、イケダさんは大して残業してないし、ウノ君とエモトさんは独身だろ。となると、オオニシさんかカトウさんかキシモト君か、ってことになるんだよな〜」
なんて、「夫」候補者の名前まで街頭で披露した男性も実にお粗末である。あたりにはたくさんの人がいたのに、まるで電話ボックスの中にいるかのような調子でぺらぺらやっていたのにはびっくりしてしまった。
ここまでひどいのに出会ったのは初めてであるが、エレベーターの中で乗り合わせた他社のサラリーマンの仕事の話を聞くことはよくある。「固有名詞」にはお互い気をつけましょう。