2005年12月19日(月) |
日記を本に。(前編) |
川上弘美さんの「活字のよろこび」というタイトルのエッセイを読んだ。
世に出る前、まだ誰に読まれることもない小説を書いていた頃に初めてワープロを使ったときの話である。
汚い自分の文字で書いた文章はつまらないひとりよがりなものに思えるのに、ワープロで印刷したものを読むと、なにか「いいもん」のように思えた。もしかして私って話書くのうまいんじゃない、という幸せな勘違いに浸ることができてとてもうれしかった------という内容だ。
うんうん、わかるなあ。私にも覚えがある。
大学四回生のとき、卒論を書くのに便利だからと両親がワープロをプレゼントしてくれた。当時それは非常に高価なもので、いまのデスクトップパソコンと同じくらいした。自分ではとても買えなかったため、私は大喜び。早くキーの位置を覚えて使いこなせるようになろうと、大学ノートにつけていた日記を練習用の原稿にしてそっくりそのまま打ち込んだ。
すると、あら不思議。活字にしてプリントアウトしたものは手書きのそれよりもずっと出来のいいもののように見えるではないか。
試しに論文の下書きも打ってみたところ、こちらはぐっと賢げな面構えになった。
「活字ってなんて素敵なんだろう……!」
このときの感動を、私はいまも忘れられない。
発端は、三ヶ月前に書いた「出版社に行ってきた」というテキストだ。
「あなたの原稿を本にします」という広告を見て出版社に話を聞きに行ったら、費用が百五十万と言われた。それで泡を食って帰ってきた……という内容だったのだけれど、それを読んだ方が「日記を書籍化してくれるブログサービスがありますよ」と教えてくださった。
早速そのサイトに行ってみたら、三ヶ月分の日記を三千円で本にしてくれるという。しかも一冊から製本可能。書籍化した人たちの日記を訪ねてみると、「自分の本ができた!」とみな大満足の様子だ。
そうよね、自分の書いたものを本という形にして持ち歩いたりページを繰りながら読んだりできるなんて、照れくさいけどうれしいよね。
相槌を打ちながら読んでいたら、なんだかとてもうらやましくなってきた。そして、「そうだ、サイト五周年を迎えた記念に私も一冊作ってみよう」と考えたわけである。
その一冊は、CDで言うならば“ベストアルバム”にしようと思った。
そこで、これまでに更新した八百を超えるテキストの中からとくに思い入れの強いもの、よく書けたもの、反響が大きかったものなどを九十一話選んだ。
……と書くとすんなり事が運んだみたいだけれど、これがなかなか暇のかかる作業だった。
テキストの選定自体はすぐに終わったのだが、少しばかり大変だったのは誤変換や誤字脱字のチェックのためにすべてのテキストに目を通したから。
しばらくのあいだ日々の更新をこなしながら過去ログを大量に読むという日記漬けの生活をしていたら、すっかり“日記酔い”してしまった。
しかしながら、こういうことでもなければ半年以上前に書いたものを読み返す機会はほとんどない。そのため面白い発見もできた。
私に時の流れをもっとも実感させたのは、文章が拙いとかテキストに登場する自分が青いとかいうこともさることながら、「関心の持ちどころが現在と違う」という点だ。三年も四年も前の日記は、取り上げているテーマが幼いのだ。
いまならまったく食指が動かないような事柄について------「男と女の友情は成り立つか」とかね------熱弁を振るっていたりする。いったい何度、ひえーやめてーと叫んでページを閉じてしまいたい衝動に駆られたことだろう。
いやしかし、これもまぎれもなく私なのだわ……とその羞恥に耐え、ピックアップしたテキストをブログに移し終えたのが二週間前。
そして週末、本が届いた。 (つづく)