「なあなあ。web日記ってなに?」
友人の言葉にわが耳を疑う。突然なにを言い出すんだ。
パソコンを持たず、ネットにはまったく興味がない彼女は、イラクで日本人男性が殺害されたとき、その映像が2ちゃんで流れたらしいと誰かが言うのを聞いて、「えーっ!NHKで!?」と叫んだ(関西でNHKは2チャンネルなのだ)。そのくらいそちら方面に疎い。
そんな彼女がいきなり「web日記」という言葉を発したのだから、そりゃあ驚く。マニアックな世界だとばかり思っていたが、その裾野はいつのまにかこんなところまで広がっていたのか・・・。
と感慨にふけろうとしたところ、彼女が「ほら、あれ」と壁のポスターを指差した。目に飛び込んできたのは「ブロガーって知ってる?」の文字。なんだこれはと思ったら、ある女子大学の広告だった。
教授と在学生がキャンパスライフをブログに赤裸々に綴っているので見にきてください、という内容のことが書いてあり、「ブログとはなんぞや」を解説する文章の中に「web日記」という言葉があった。なんのことはない、その正体がわからなかったため、彼女は私に尋ねたのだ。
読んでもらうためにネット上に公開してある日記のことだと答えると、彼女がまじめな顔で、公開してどうするのかと言う。
「人に読んでもらうねん」
「人って誰?」
「不特定多数の全国の人」
「知らん人に読ませてどうするん」
「どうするってこともないけど・・・。でも、読まれたらうれしいやん?人のを読むのも楽しいし」
「えー?見ず知らずの人の日記読んでなにが面白いん」
日記っていってもノートにつける日記とは違うんよ、と言おうとして、やめた。なにがどう違うなんて口で説明したところでわかるまい。
中村うさぎさんのエッセイにもあった。友人にmixiに誘われたとき、中村さんは心の中で毒づいた。
「ネットで友達を作らなきゃならないほど私は孤独に苛まれてないし、日記を書くつもりもないね。なにが悲しくて一銭にもならん文章を書かなくちゃいけないのよ。だいたい日記なんていうプライベートなものを不特定多数に公開するとはどういうことだよ、露出狂なのかい」
しかし、入会したとたんがらりと変わる。
「ネット内の小世間で認められたいというちっぽけな願望に突き動かされて、本業そっちのけで必死で日記を書いている私はバカじゃないのか、本当に」
そう自分にツッコミを入れながら奮然とキーボードを叩いたり、「日記にコメントがつかない。私の文章にはそれほど魅力がないのか・・・」とぼやいたりするようになるのである。
* * * * *
世の中には自分がその立場になってみなければわからないことがたくさんあるが、ネットに関する諸々はとりわけ理解しにくい、またされにくい項目のひとつではないだろうか。
私が友人、知人にweb日記の読み書きが趣味だといった話をしないのは、サイトバレしたら困るという理由以外に面倒だからということも大きい。
以前、ある人にオンラインゲームについて熱心に語られたことがあるけれど、私にはその面白みがまるでイメージできなかった。
「休日の昼間からゲーム?うへえー」
私が誰かにweb日記の醍醐味を話したところで、それと同じことになるに違いない。
「日記を公開するなんて悪趣味」とか「オフ会って危険じゃない?」とか「ネット恋愛?ありえない」とか。そういった先入観や偏見は経験して初めて払拭できるものなのだろう。
が、それでいいのだと思う。もしその機会が訪れないまま終わるとするなら、それがその人とその事柄との適切な距離なのだ。人の一生は関わる物事をチョイスせずにすむほども長くはない。
長くなったので、続きは次回。