ある事柄を経験したことがないとき、私たちは自分のことを「○○童貞」「○○バージン」と表現することがある。
先日、『歯医者さんの一服』のそうさんが「僕はタバコ童貞にギャンブル童貞に……」と書いているのを読んだ私は、自分にはなにがあるかしらと考えてみた。
そこでふと思い出したのが、女性の日記書きさんばかりが集まったオフ会でのこと。話題にしたことのひとつに「日記を書いていて困ったこと」というのがあったのだが、メンバーの口から「男性読者から写真が送られてきた」「出張でどこそこに行くと書いたら食事に誘われた」といった話が次々に飛び出したのである。
座の異様な盛り上がりに愕然とする私。
「私、そんな経験ないよ」
「え、ほんとに?一度も?」
「ない。一回もない」
「へえ、そうなんだ……」
驚いているのか納得しているのかわからない一同の反応。そんなめずらしい生物を見るかのような目で見ないでー。
というわけで、私は読み手にナンパされたことがない「口説かれバージン」である。
私は考えた。どうして彼女たちには声がかかり、私はかからないのか。
たしかにキュートでおしゃべりで、一緒にいるととても楽しい女性たちだ。しかしながら、それは会ってこそ知りえる魅力。日記を読んでいるだけの状態では読み手の目に、私と彼女たちのあいだにそう大きな違いは存在しようがないだろうと思うのであるが、現実に私のところには一通のお誘いメールも届かない。
「いかに熱心な読者さんであっても、男性とはふたりでは会わないようにしている」という女性を私は何人か知っている。その方針は賢明であるが、私はそんなことをあらためて考えたことがない。その必要に迫られることがなかったから。
そんな話を前出のそうさんにしたところ、(「そうだったのか。かわいそうに」と思わず本音を口走ったあと)私が口説かれない理由についてこんな仮説を立ててくれた。
「サイト名とハンドルネームが関係あるんじゃないかな。『われ思ふ ゆえに・・・』でしょ。読者が身構えてしまうところがあるように思う。『小町』っていうハンドルもフェロモンを感じさせにくいんじゃない?」
なるほど、ネーミングが人に与える印象はあなどれないということは実感としてある。
このサイトはもともと『結婚ノススメ』というタイトルであったが、一年ほど前に現在のものに変更してから来てくださる方がぐんと増えた。旧タイトルは少なからぬ人たちに「読んだことはないけど、自分向きではなさそう」という先入観を抱かせたのだろう。他方で、現タイトルが堅苦しさ、理屈っぽさのようなものを感じさせている可能性はある。
ではハンドルネームについてはどうか。「小町」は庶民的なイメージだ。たしかに女らしさやミステリアスな雰囲気を醸しだしてくれる名前ではない。
「そっかあ、それが私の色香の流出を食い止めてくれてるわけね」
が、ほどなく、この説は「でもみんなのところだってフェロモンのなさはうちと似たり寄ったりじゃない?」を解明してくれないことに気がついた。
「文は人なり」という。実物の私を知っているそうさんは「文章に色気がないんだよ」とは言えなかったのではあるまいか。
そんなことがちらと頭をよぎったが、これ以上追求しないでおく。
そんなことを真夜中に思いめぐらせていたら、メールの着信音が。グリーティングカードだった。
この時期にカード?なんだろう。が、FROM欄の名前を見てすぐにぴんときた。
「あ、今日はバレンタインデーだ!」
海外にお住まいのその日記書きさんは、去年の二月十四日にもカードをくださった。クリスマスと正月以外にカードが届くなんてめずらしい。なんかの記念日だっけと思いながら開くと、そこにはきれいなブーケの写真と“Happy Valentines' Day”の文字。
「今日は日本では女の子が男の子に告白する日になっているけど、欧米では男性女性関係なく、家族や友人にカードや花を贈るのですよ」
と書かれてあった。そして今年も送ってくださったのだ。
チョコレートをもらえなかったとぼやく男性の日記をいくつも読み、「義理チョコなんかもらったって意味ないのに」と突っ込んでいたのだけれど、「ねえねえ、なんで私だけ口説かれないの」と訊いて回る私も人のことはまったく言えないのであった。
しかし、そんな必要はなかったのだ。ナンパメールより友情の本気メール。そうよ、私にはこういう心優しい友がいるではないか。
でもまあ、せっかくだからこの機会にひとことだけ言っておこうかしら。
こう見えて、私って(意外と)チャーミングなのよ。可愛いところも(いくらかは)あるんですからね。世間にはまだあまり知られていないみたいだけれど。
【あとがき】 待ち合わせ場所で友人に「待った?」と声をかけたところ、開口一番「さっき男の人に声かけられてもた」と彼女。梅田の阪急グランドビルのあたりといえば、キャッチセールスの多発地帯。注意を促す警察の看板も立っている。私はごく自然に「なんの勧誘?」と尋ねたところ、彼女は憮然として言いました。 「失礼やなあ、ナンパや、ナンパ!『おひとりですか?』って言われたの!」 応じるつもりはないけれど誘われるのは悪い気はしない、自尊心をくすぐられる、というところが女性にはあるのではないでしょうか。断るのは面倒だし、しつこくされると困ってしまうけれど、ちょっと声をかけられるくらいなら迷惑でもない。それどころか、「私もまだいける」とどこかほっとしたりさえして。 女性が「聞いてよ、さっきそこでね」と話すとき、たとえ不愉快そうに眉をしかめていても、冗談じゃないわよという口調であっても、それはたぶんちょっぴり自慢です。男性が「仕事が忙しくってさあ。今月終電より前に帰ったことないよ」なんて愚痴をこぼすとき、得意げに見えることがありますが、ああいう感じ。 「断るんだけど、誘われてはみたい」 「その気はないけど、無視されるのはつまらない」 男性のみなさん、この微妙な女心をご理解くださいましたか。 |