過去ログ一覧前回次回


2003年12月03日(水) 私だって(たまには)怒るんです。

外で食事をしていると、料理が出てくるのが遅いだの接客態度が悪いだのと店員を叱りつけている客に出くわすことがたまにある。が、食事中にあの怒声を聞かされるほど不愉快なことはない。
その客の主張がもっともなものであっても、それを訴えんがために店内にいるなんの関わりも落ち度もない周囲の客を漏れなくげんなりさせるという点については罪深いものがあると思う。だから私はなにか腹に据えかねることがあっても、その場で注意したりすることはまずない。二度と訪れないという形で、つまり店にとってもっとも不親切な客になることでやり返してきた。
……のだが。

私たちはそれを食べたことはもちろん、実物を見たこともなかった。予備知識として持っていたのは、鉄板の上でお好み焼き状に焼かれたそれを小さなヘラで掬い取って食べるということくらいだ。
月島駅前の通称「もんじゃストリート」には、もんじゃ焼きの店が五十近く軒を連ねている。どこに行けばよいかわからないので、通りの入り口にあった月島もんじゃ振興会の方にお勧めの店を教えてもらうことにした。
ガラガラと引き戸を開けると、店内には帰り支度をしているカップルが一組いるだけだった。夕食どきなのに?と一瞬思ったが、落ち着いて食べられるからいいやと気に留めることなく、「当店イチオシ」の海鮮もんじゃを注文。
ほどなく生地が入ったボウルがテーブルに運ばれてきた。「見た感じはお好み焼きやなあ」と言いながら、店員さんが焼きに来てくれるのを待つ。
が、どういうわけか待てど暮らせど戻ってこない。鉄板は十分温まっている。もしかして忘れられているのか、と厨房の中でおしゃべりしているアルバイトらしき女の子たちに声をかけたところ、うちのひとりがテーブルまでやってきて「具を炒めてください」。それだけ言うと、厨房に戻って行った。
魚貝はすぐに炒まったが、店員は姿を見せない。再び声をかけると「汁気を残してキャベツを炒めてください」と言い、また厨房へ。
完成品がわからないため勝手に焼くこともできず、厨房に通うこと四度。「できました」「じゃあ次は」を繰り返した末、鉄板の上で丸い形に整えるところまでたどりついた。
しかし、食べどきがわからない。もう出来あがっているのだろうか、それとももう少し固まってから食べるものなのか。再び席を立つ。
「あれ、もう食べていいんですか」
「……え?どうぞ」
「なんだ、まだ食べてなかったの」がにじみ出たその物言いにカチンときたが、ぐっと堪える。友人もいることだし、食べる前に文句を言うと食事がまずくなってしまう。
ムカムカしていたせいでもないと思うが、おいしいんだかおいしくないんだかよくわからないそれを私たちは黙々と食べた。
食べ終えてお茶を飲んでいると、店員が鉄板の掃除にやってきた。こびりついた生地をコテでこそげ、焦げカスの山を残して、彼女は厨房に消えた。
「片づけだけは早々としちゃって」と思っていたら、やがて戻ってきて「もういいですか」。意味がわからずきょとんとしていると、「食べないんならいいですね」と言いながら彼女はその焦げカスを鉄板の淵から下に落とした。
そのとき私たちははじめて気づいた。それはカスではなく食べるものだったのだ(帰宅してからもんじゃ焼きの食べ方をインターネットで調べたら、最後のお焦げがおいしいと書いてあった)。
私の頭の中でぷちっとなにかが切れる音がした。アルバイトの女の子に言っても無駄だろう。レジに店長らしい男性がいたので、会計の際に言う。
「ここは自分たちで焼くお店みたいですけど、私たちみたいにもんじゃ焼きは初めてっていうお客には焼き方や食べ方をきちんと説明してください。混んでるわけでもないのに(思いきり皮肉)ほったらかしで、この対応はあんまりなんじゃないですか」
彼はどうもすみませんというようなことを口にしたが、広くもない店内にいて、私たちの困惑や彼女たちの働きに気づいていなかったとは思えない。どうせ観光客の一見さん、と思っていたのだろう。

駅に向かって歩きながら、彼女が憮然とした面持ちで言う。
「サービスのサの字もない店やったな。こないだランチした店とは大違いやな」
ん?なにか特別なサービスをしてもらったっけ。
「ほら、店員のお兄さんが……」
ああ、思い出した。カウンターで食べていたら、ウェイターが友人に「ごはんのおかわりをお持ちしましょうか」と声をかけたのだ。彼女はそれを「客に言いだしにくいことを言わせなかった」として評価しているらしい。
彼女らしいとふきだしながら、でもこれは紙一重だなあと考える。定食屋なんかだとごはんや味噌汁がおかわり自由というところはけっこうあるが、そういう店でおかわりは?と訊かれたら、私なら「見るからに食べそうだと思われたのかしら……」と心中複雑だ。しかしまあ、いつも最初から大盛りを注文する彼女にそんな発想はないのだろう。
彼女は以前わが家で夕食をともにしたとき、その豪快な食べっぷりで夫を驚愕させたことがある。私の披露宴では別グループの友人から「ワインを水のように飲んでいた」という証言が寄せられたし、職場のたこ焼き大食い大会ではいくつものチームから彼女の元にオファーがあったという。
男にまつわる武勇伝は皆無だが、食べ物に関するそれは尽きない。そういう大らかさが彼女のかわいいところである。
……ということにしておこう。

【あとがき】
更新後、いろいろな方に教えていただいたところによると、もんじゃ焼きって自分で焼くものみたいですね。大阪のお好み焼き屋やたこ焼き屋とは違うんだなあ、客が焼くところは少ないもん。いや、自分たちで焼くのは一向にかまわないのだけど、それで味が決まるわけだからきちんと教えてくれないと。ほったらかしたために客に下手なものを作られて「ここのはまずい」と思われるのは、店にとっても損失だと思うんですけどね。
それにしてももんじゃ焼きってああいう半生っぽいものなんだろうけど、よくわかりませんでした。ちゃんとした店で(できれば焼いてくれるところで)食べなおしたい。