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2003年08月03日(日) 恋は、遠い日の……

日曜洋画劇場をゆっくり見るため、夕食と入浴を早めに済ませた。バスタオルを干そうとベランダに出ると、遠くの空から「ポン……ポン……ポン……」という音が聞こえてくる。
そうか。すっかり忘れていたけれど、今夜は平成淀川花火大会だった。
梅田のそばでひとり暮らしをしていたときは、マンションのベランダから見ることができた。麦茶片手に夕涼みをしながらのんびり眺めるのもなかなか乙なものだったよなあと思い出しながら、姿なしの花火をしばし耳で味わう。
ふと気づく。そういえば、今年はまだ一度も花火を見ていない。天神祭の奉納花火もPL教祖祭の花火芸術もいつのまにか終わっていた。いや、今年どころか去年もおとどしも見ていないではないか。
なんという体たらく。花火大会は私の恋の必須アイテムだったのに……。
「人酔いする」という言葉があるが、私は人込みは苦手ではない。それどころか、人が集まる賑やかな場所にいると気分が高揚するくらい。そんな私は恋をしているとき、イベントの多い夏をかなり楽しみにしていたはず。それなのに、最後に見たのが四年も前の話だなんて。いかにときめきに縁のない生活を送っているかわかるというものだ。
ひと昔前に「恋は、遠い日の花火ではない」というサントリーのCMのコピーがあったけれど、さしずめ私の場合は「遠い日の花火だ!」と断定されている感じである。

ところで、私にとって花火大会に行っていないということはそれだけの期間浴衣を着ていないということでもある。
こう見えて、私は浴衣が大好き。独身時代、とりわけ京都で過ごした大学時代はひと夏に必ず何度かは袖を通したものだ。かの地の夏には祇園祭あり、宇治川の花火大会あり、五山の送り火あり。それを着る機会はいくらでもあったのだ。
そういう楽しみごとのためには労を惜しまない私。一回生の夏、ひとりで着られるようになりたくて実家の母親に特訓してもらったっけ(男性は脱がせたことはあっても着せたことはないと思うのでわからないだろうけれど、これをきちんと着るのはけっこうむずかしいのよ)。
浴衣の魅力はなんといっても、ふだんと違う自分を演出および堪能できるところ。何年か前にサークルの同窓会で城崎温泉に行ったら、旅館で浴衣の貸し出しサービスをしていた。帯こそ簡易のものであるが、色とりどりのきれいな浴衣だ。
好みのものを選び、下駄をカランコロンいわせながら七湯めぐりをしたのであるが、それなりに風情のあるものだったと記憶している。私たちを女だなんて一度も思ったことがないであろう同期の男の子たちが「おっ」と眉を動かしたところを見ると、女性の浴衣姿が好きでないという男性はあまりいないのではないだろうか。
京都にいた頃、住んでいたマンションの屋上から「左大文字」が正面に見えた。好きな人と眺める送り火。あれは私の恋愛史上五指に入るロマンティックなひとときだった。
そういえばこのとき、ひとつ発見したことがある。浴衣だと後ろから抱きしめてもらえないということだ。たとえばタイタニックの真似がしたいと思っても、帯が邪魔になってできないのである(いや、しませんけれど)。
槙原敬之さんの歌の中に「思い出したよ キャップのつばが君の額にコツンとあたって はじめてのKISSで笑ったこと」という歌詞があるけれど、このときの私たちも「あ……あれ?」という感じで顔を見合わせて笑ってしまったのだった。これは私が思いつくかぎり唯一の浴衣の弱点である。
……と一瞬思ったが。
これはこれでいいのか。前からぎゅうっとしなおしてもらえばいい話だもん。

日曜洋画劇場の予告がはじまった頃、もう一度ベランダに出てみたら、音はすでに鳴り止んでいた。今夜も数えきれないくらいのカップルが淀川の河川敷に腰を下ろして、天を仰いだのだろう。
「いいな、いいな」
そうつぶやきかけて。ううん、やっぱり。なんだかいまは賑わいの中で眺める夜空に咲く大輪の花より、近くの公園かどこかでふたりっきりでやる手持ち花火に惹かれる。水を張ったバケツをかたわらに置いて。
足元のねずみ花火にあわてたり、パラシュートをキャッチしに走ったり。線香花火で勝負して、勝ったほうが帰り道のコンビニでアイスクリームを買ってもらえるとか。
そういうのってささやかに見えるけれど、意外と手に入りにくい幸せという感じがする。

【あとがき】
成人式の日、女の子はみんな振袖を着るじゃないですか。あれは当然、自力では着られない。だからその日はその手のホテルには着付けをしてくれるサービスがあるんですよね。私は成人式には出席していないので、そういう経験があるわけではないのですが。ちなみに浴衣だったらどうなんだろう。十三あたりのホテル群は今夜はやっぱり「浴衣の着付けします」ってサービスをしていたのかしら。私もいまは帯の締め方をすっかり忘れてしまっていると思います。