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2003年05月14日(水) 会いに行くなら。

職場の休憩室でお茶を飲んでいたら、二十一歳フリーターのA君がやってきた。
「いやあ、人生そんなに甘くないですね」
イスを引きながら、彼が言う。
「悟り入ってるね、どうしたの」
「ゴールデンウィークにメールで知り合った女の子と会ってきたんですよ」
ま、おもしろそうな話。身を乗り出したら、彼は期待に添えるような話じゃないとでも言うように首を振った。
「会わなきゃよかったなって」
「つまり、イメージと違っていたと」
「まあ、そういうことです」
早い話が、ルックスが彼好みではなかったのだ。待ち合わせ場所に現れた彼女を見て、「心の風船が急速にしぼんでいくのを感じた」という。
しかし、逆に彼女はA君のことを本格的に好きになった模様。明言を避けていたら、とうとう先週末、「友達にあなたのことをどう説明したらいいの?」と聞かれてしまったのだそうだ。
申し訳ないけれど、その気にはなれない。でも、メールでは盛りあがっていたのに会ったあとで断るなんて、「君は僕の好みじゃなかった」と言っているのも同然ではないか……と彼は気にしているのだ。
私はそれを聞きながら、先日新聞の投書欄で読んだ話を思い出していた。投稿者が駅の改札口で人と待ち合わせをしていたところ、隣に立っていた若い女性が突然泣き出した。ハンカチを貸し、理由を尋ねると、通りすがりに彼女を見たメル友の彼から「好みじゃないから会わない。帰れ」と携帯にメールが届いた、と説明したというのである。
私は思わず「なんちゅうひどいやっちゃ」とつぶやいた。が、しばらくすると「でも、運が悪けりゃこういうこともあるわなあ」とどこか納得している自分がいた。
恋人となる人に、性格だけでなくルックスやその他の要素にも相性を求めるのは自然なことだ。だから、メールや電話のやりとりでは「私が知っている限りのすべてが好き」と思えても、会ってみて「違う……」となることはしばしば起こる。それはやむを得ないことで、冷酷だとか不誠実だとかいう問題ではない。
もちろん、いくら落胆したからといってこんな仕打ちをするような男は人としてどうかしている。しかし、会いに行くからには、こうした出会いには事件や犯罪に巻き込まれるリスク以外にも、こういう種類のつらい目に遭う可能性もあるんだということを認識しておく必要があるだろう。
それらよりずっと高い確率で起こりうる、相手に(ひそかに)がっかりされてしまうという悲しい事態に対する「そのときはしかたがない」という覚悟と潔さも携帯しておくべきなのは言うまでもない。

この期に及んで、タカハシ君が言う。
「彼女を傷つけずに済む断り方はないですかね」
そんなもの、あるわけないでしょう。悪者になろうと嫌われようと、「恋人として見ることはできません。ごめんなさい」とはっきり言う。それしかない。
「僕ってひどい男ですか」
ひどい男になりたくなかったら、彼女がすっぱりあきらめられるようにしてやること。それがあなたが彼女にあげられる、唯一にして最大の優しさなんだから。

【あとがき】
メールで知り合った人と会ったこと?私も一度ありますよ。独身かつ恋人なしのときの話です。待ち合わせ場所ではそれはもう緊張しましたね。だってどんな人が来るのかまったくわからないのですから。その人とは二年間毎日やりとりをした末に会うことになったんですが、「イメージが崩れるのが嫌(イメージと違ったらメールが続けられなくなると思ったから)」と写真を見るのをずっと拒んでいたのですよ。それがいろいろあって、ついに会うことに。そのときの話は過去ログの……いや、やめときます、今さらはずかしすぎるわ。