優柔不断日記

2005年01月14日(金) 自由と責任

NHKへの政治介入の問題。
どんなに自由を望む人でも、最低限のルール(法)には従うだろうし、従うという前提で自由が与えられるはずである。

自由の拡大を望むのなら暗黙の了解として必ずルールを守るという常識があるはずである。自由の拡大を望めば望むほどルールを守るという自身の責任は重くなるし、ルールを破った時の罰は大きくなるべきだと思う。

今回の件では、放送法第3条2項のルール「政治的に公平であること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにする」にNHKが反していることは明らかだし、それを分かっているからNHKは「自ら」番組内容を変更したのだろう。

もしこれが内容変更の無いまま放送されていれば、政治的圧力の有無に関わらずNHKは放送法に反したことになり、もっと大きな問題になっただろう。そういう意味でNHKが「自ら」放送内容を変更したと主張していることは賢明な判断だし、NHKにまだ良識がある証拠だと思う。

もし政治的圧力でやむなく放送内容を変更したなんて言ったら、NHKが放送法に反した内容を認める事になるしね。

この問題で一番の問題点は、やっぱり朝日新聞の報道だと思う。
普段報道の自由を主張し、与えられた自由の代わりに大きな責任を背負っているはずなのに、中川昭一・現経産相、安倍晋三・現自民党幹事長代理に関する誤報を報じるという最も基本的な責任すら放棄した行為をしたのだ。

「一人前になってから自由は与えられる」
こんなこと当たり前で誰も言わないから朝日新聞は判らないのだろうか?
さらに自由を主張するなんて言語道断!!

朝日新聞社には政治介入で一人前になってもらうしかないんじゃない?ww


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