うららか雑記帳
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2007年01月15日(月) ─巡りゆくもの─


今週の土曜日に誕生日を迎える友達がいるので、プレゼントを何にしようか思案中です。
この間とっても素敵な癒しグッズをもらっているし、私も彼女が元気になれるようなものを贈りたいな〜。
今夜あたり探しに行こうっと。
あと、おまけとして、短編小説をひとつつけようとも思っています。
この友達は私が小説を書くなんてことは知らないし、ましてやサイトやらmixiやら、web世界にどっぷり浸かっていることなど全く予想外だろうけど、なんとなく、ね。
知らないわりには、以前私に「ハリー・ポッターみたいな小説を書いてみて」とかご無体なことを言ってたから、案外大丈夫なんじゃないかな?
おまけの小説は、日記に三行ずつ連載していた『三行小説』。ごく短いし、読後感がいいとかで読者様にも好評だったので♪
記念に転載しておきます。




三行小説 ─巡りゆくもの─




☆ … ★ … ☆




「今夜は降るよ」

 そう、と答える代わりに僕は目を閉じる。
 まぶたの裏に、昼下がりの光がゆるりと染み通っていく。風は澄み、気の早い鶯(うぐいす)が鳴く。
 雨の気配はまだない。固く身を閉ざした蕾(つぼみ)も思わず頬を緩めるような、うららかな午後だった。

「……もう行くの?」

 伏せられた眼差し。
 いつだって僕の答えを知っているのに、君はまた今年も訊く。
 繰り返される問い掛け。ほのかに嬉しいのはなぜだろう。君の傍らを通り過ぎるだけの己が身を、こんなにも切なく思っているというのに。

 互いに言葉を失い、立ち尽くす。沈黙。窓越しに視線が彷徨った。

「僕は行く」

 はっきりと声を出した。半ば以上、自分に言い聞かせるために。
 びくりと震えた気配を背後に感じた。
 でも振り返れない。いま君の瞳を見てしまったら、きっと僕は……。

 振り返る代わりに言葉を贈ろう。抱きしめる代わりに想いを綴ろう。
 それが僕の幸せ。
 君の隣に居続けることはできない。もう、行かなければ。
 僕はそういうものとして定義されているから。巡る運命。来たるべき日が到来すれば、必ず去らねばならぬ定め。
 もしも移ろわずにひとつ処に留まれば、僕は僕でなくなってしまう。

 君を残して行くことに心配などない。僕が去れば、入れ替わりにあいつが来るから。
 本当はもう、すぐそこまで来ているのだ。本当に、すぐそこまで。君も知っているはず。僕が発たないと、あいつが腰を降ろせないって。桜花は固い蕾のまま、陽光は弱々しいまま、吹き荒ぶ風が肌を刺す。そんな季節は、もう終わりを迎えなければならないんだ。
 だから。

 抗うのは無益なこと。
 滞った流れからは悲話しか生まれない。

 だから……もう行くよ。

 ゆっくり振り返れば案の定、君の寂しげな表情が胸に痛い。
 その痛みすら愛しく思えるなんて、きっと僕は途方もない幸せ者。こんなにも、君へと連なるひとつひとつが全て愛おしい。

 憂いを帯びた沈黙が、不意に優しいものへと色を変えた。

「また……逢えるよね」

 呟く君の声も、限りなく澄んで穏やかだった。返事はしない。
 ひっそりと微笑むことで充分に伝わると、僕らは互いに知っている。答えはすでに約束されているのだから。

 出逢いと別れ。そして再び巡る出逢い。
 来年君のもとを訪れる僕は、もしかしたらこの僕とは違っているかもしれないけど、それでも必ずまた君に逢いにくるから。
 僕は一定期間を超えては留まらない。でも再び巡って訪れる。こうして今年もやって来たように。
だから笑って言おう。

「じゃあ……また、ね」

 風が舞った。
 時は来た。
 柔らかな頬にそっと触れると、君は眩しそうに目を細める。

 ……意識が拡散してしまう一瞬前、その表情を確認できたのが何よりも嬉しかった。




☆ … ★ … ☆




「……行ってしまったのね」

 まばゆいものを見る眼差しで、娘は空を見上げた。

 抜けるような蒼がどこまでも広がっている。いつの間にか梢の蕾は綻び始め、気紛れな突風に煽られては可憐な裾を翻す。鶯は高らかにさえずり、その鳴き声がどこまでも染みこんでいくような透明な空気が肌に快い。
 本当に去ってしまったのだと確信せずにはいられなかった。

 留まってほしいと思わないわけではない。
 でも、相手の本質をねじ曲げてまでずっと共に在りたいと願うのは……すでに恋情ではなく支配欲だろう。
 厳しさも、清浄さも、留まることのできない定めさえも、全てひっくるめて彼を愛したのだから──彼が去った後の胸の痛みすら丸ごと慕わしく、そして誇らしい。

 空に浮かぶ綿雲。遠くなだらかな稜線に沿って、緑の気配がゆったりと渡っていく。

 自分でも不思議なほど、暖かな想いが身体中に満ちていた。
 彼と再び逢える翌年、自分は一体どんなふうに変わっているのだろうか。
 あまり変わらないだろうか。どちらでもかまわない、という気がする。
 次に彼を前にする時も、たぶんなんの屈託もなく笑って、抱きしめて、見つめて……。

 時間は経っても心に隔たりはないと、そう信じている。
 「また逢えてよかった」なんて、きっと言うまでもない。

 伝えたいのはただ一言。
 紡ぐべきはたった一言。

 季節が巡り、再びまた逢えたら……心から告げよう。
 今はもうここにいないあなたへ。

 「おかえり」

 逢えない日々を愛おしみながら、いつかそう言える日を待ち望んでいる――




END


浜月まお |HomePage

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