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- 2006年02月10日(金) ∨前の日記--∧次の日記
- 『人生初のバレンタインデー』

(創作エッセイです)






― 1 ―




「あの…、これ…」



ちょうど席でひとりになった時、後から声がした。
ジュンが肩越しに振り返ると、ナオコが立っていた。

隣のクラスにいるとても活発な性格の女のコだ。
ナオコは休み時間になると色んな教室に現れる。
男子女子問わず、学年で人気があるコなのだ。
奔放な彼女に比べるとジュンは寡黙なタイプである。

どうして彼女が僕に声をかけてきたのか?
年齢の割に大人びた性格のジュンは考え込んでいた。
確かにジュンは、放課後のクラブでナオコと一緒なのだが、
これまでは時々会話を交わす程度しかなかったのだ。

急いできたからか、顔が微かに気色ばんでいるナオコ。
ジュンに向かって遠慮がちに差し出された彼女の手には、
光沢を帯びた小さな青の包みがあった。




「……」




ナオコは不安げな顔をしていた。彼女の目の前で、
彼は目を見開いたまま、言葉を失っていたのだ。




「……チョコだよ」




ふと我に返ったジュンは、唐突に聞き返した。




「…え?ぼくに?…なんで?」




ジュンはようやく立ち上がった。
やっと何かに気づいたのか、ナオコの顔をまっすぐ見据えた。





「バレンタインデーだから。あげる。」


「あ、ああ、うん、ありがと…」


「みんなが来ないうち、早くしまって、早く!」


「う、うん…」







雪が降り続く2月半ばの火曜日であった。
ジュンはその日、その後の授業の内容も、
家にどうやって帰ったかも覚えていないという。

過ごした人生もまだ短く、何も知らず自由に生きてきた彼。
寡黙だが優しい性格がゆえ、それなりに友達も多かった。

しかしこの日ジュンは初めて、友達の中に「異性」を意識した。
バレンタインデーがどういうものか、母親から聞いて知っている。
「自分は相手にどう見られているのか?」という疑問に出会った。





彼の「自我」が芽生えた瞬間、


その日は、小学4年生で経験した
初めてのバレンタインデーであった。







************************************





― 2 ―





その日以来ジュンは、妙に自分自身が気になり始めた。
翌朝、歯を磨いた後に鏡に映る自分の顔をじっと見ていた。

学校では、隣のクラスが気になって仕方がなかった。
廊下を歩いていると、つい隣の教室の方を見てしまう。





放課後のクラブ活動は週に2回。
ジュンとナオコが入っているクラブは絵画であった。
彼女はとても活発な性格なのに絵が好きなのだ。

ジュンは思い出した。一番最初のクラブの時、
隣に座っていたナオコに画材の使い方を教えたことがある。




ジュンは教室の廊下側の席に座り、机の上に画材を準備していた。
彼は絵が好きで絵画のクラブを選んだのだが、
今は絵のことよりもナオコのことが気になってしまう。

先生が大きな色紙を掲げながら、色の混ぜ方の説明をしている時も
机の一点を見ながらジュンはずっと考えていた。

『なぜ…?、ナオちゃんが…?、僕にチョコを…?』

あの日の出来事が頭から離れない。
考えれば考えるほど分からなくなった。

そうこうするうちに…





「おいジュン!、聞いてるのか?!」





先生に怒られた。



みんなが廊下側の席に座っているジュンを見る。
隣と後席の友達からからかわれる彼。

ふとジュンは窓際に座っているナオコを見た。
彼女もジュンを見ていた・・・目が合った。


ナオコはにっこりと笑みを浮かべる…、

そして、ゆっくりと窓の方を向いた。




窓の方を向く瞬間、

一瞬だけ見えたナオコの表情が、

なぜかジュンの目に張り付いて離れなかった。









***********************************






― 3 ―







一週間後の放課後、
クラブの時にジュンは決心した。


ナオコが座る席まで歩いていくと、
彼女の名を呼んで云った。



「ナオちゃん、おいしかったよ」



顔をあげたナオコは、一瞬無表情で彼を見つめた。
ジュンはあわてて付け加えるように云った。



「あのチョコレートだよ。」



ふと思い出したかのように、ナオコは笑顔になって云った。




「……ホントに?!よかったー!」




少し周りを気にしながら、満面の笑みで小声で答えた。


彼女の笑顔を見るだけで、
何でこんなに体が熱くなるのか、
ジュンにはまだ分からなかった。








***********************************





― 4 ―






校内でナオコを見かけなくなったのは、
その次の日からであった。


クラブにも来なくなった。
放課後の活動は自由参加なので、来なくても不自然ではないのだが、
さすがにジュンは気になった。
誰かに住所を教えてもらって、彼女の家まで行ってみようかと何度か考えた。








3月の初週にも彼女は現れない。校内でも全く見掛けないままだった。



そこで彼は思い立った。

これまではあまり話した事はなかったが、
同じクラブの隣の組のコに、ナオコのことを聞いてみることにした。



「あの…、ナオちゃんずっと休んでるけど、何かあったのかな?」


「ああ、あのねーナオちゃん転校するみたい。
 4月からお父さんのお仕事が遠くになるんだって。
 昨日先生と教室に来て、あいさつしたら帰っちゃったんだ。
 昨日でおわりみたいなの。なんだか急だし、さびしいよね。」




ジュンは目を見開いた。




今聞いたことをうまく考えられない。頭が動かなかった。
でも心臓はバクバクと動いていた。また、体が熱くなった。

この1ヶ月のことが、ジュンの頭の中を通り過ぎた。
それを「走馬灯」と呼ぶ事なんて彼はまだ知らない。







その日のジュンは、
窓際のポツンと空いた椅子を見ながら

一心不乱に絵筆を画用紙に走らせていた。







*********************************







― 5 ―






3月半ばの月曜日、
彼は学校から帰ると母親に呼ばれた。
母親から出た言葉にジュンは驚いた。




「アンタ、隣の組のナオちゃんからチョコもらったんだって?!」




まさか、母親から
彼女の名前が出てくるとは思っていなかった。




「な、なんでお母さん、ナオちゃんを知ってるの?
 なんで、チョコもらったこと知ってるの?話してないのに?」


「なんでアンタ話してくれないのよ〜!クラスは違うけど、
 ナオちゃんのお母さんとは、PTAの会でよく会ってたわよ!」





ジュンが学校に行ってる間、
ナオコの母親がジュンの母親に電話をしてきたのだ。
その話を母親はジュンに聞かせた。

ナオコの家は今日引越しだったのだ。
荷造りをしてトラックへの積荷が終わった時、
空っぽになった自室で、ナオコが急に泣き出したというのだ。

母親が理由を聞くと、どうやら、
隣のクラスのジュンと離れるのが嫌で泣き出したらしいとのこと。
居たたまれなくなったナオコの母は、とにかくジュンの母に電話をしてきたのだ。




実はナオコは、
絵画のクラブでジュンと初めて話した時から、
ジュンのことが好きだったのだ。

ナオコはジュンに度々優しくしてもらっていたという。
ジュンの恋愛観が未成熟だったために気づかなかったのだと、
母親はつくづく感じた。

話を聞き終えたジュンは、どうしていいか分からない
っという顔で、母親を見つめていた。




「それでアンタ、チョコのお礼はしたの?」


「お礼?、おいしかったよ、ありがとう、って云った」


「何か渡してないの?」


「う、うん…」


「もう〜アンタの今後の恋愛が思いやられるわ〜。
 とにかく、新しい住所を聞いてきたから、
 手紙の一つでも書いて送りなさいよ」




その夜、ジュンは寝付けなかった。
生まれて初めて12時すぎまで起きていた。

どうすればいいのか、彼なりに考えているのだがカタチにならない。
いずれにしても、彼女はもう遠い街へ行ってしまった。

ジュンは今、確かな感情を自分で感じている。
なんでもっと早く気がつかなかったのだろう…
彼はこの時、「後悔」という感情もはじめて知った。









*********************************






― 6 ―






次の日、ジュンは重い足取りで登校した。
算数も理科も国語も、授業は全く頭に入らなかった。

その日の放課後はクラブがあった。
ジュンは教室へ入ると、先日描いていた絵を棚から取り出した。
少し広げてしばらく眺めていると、ふいに誰かに声をかけられた。
ジュンはあわてて絵をしまう。

ジュンに声をかけたのは、
先日ナオコのことを訊ねた隣のクラスのコだった。



「ねえ訊いたー?」

「何を?」

「ナオちゃんがね、今校門のところにいるんだって」

「え?」


「5時間目が終わるぐらいから立ってるんだって。
 クラブに入ってないコが帰る時、校門出ようとしたら、
 ナオちゃんがいるから、『どうしたのー?』って訊いたらね、
 『ちょっと忘れ物とりに来ててさー』って云ってたって。
 4年生の他のクラスのコがさっき廊下で話してたよ。
 もう帰っちゃうのかな〜?あたしも逢いたいなー」




「ちょっとごめん!、あ、ありがと!!」



「え?あ、うん?、ど、どこいくの?」





ジュンは立ち上がって教室を出ようとした。
出る前に何か思い出したのか、戻ってきて机から何かを取り出すと、
再び走って出て行った。

廊下を駆けて階段を下り1階へと出る。
土足をつっかけながら校舎のエントランスを飛び出した。

校門へ走りながら、つま先を叩いて土足を履く。
人影が立っているのが見えた。間違いなく彼女だ。
見ると数人の人だかりが出来ている。
友達が多いから当然だ。



一瞬ためらったが、
ジュンは人だかりの中へ歩いていった。




「ナオちゃん!」




ジュンが声をかけると、ナオコが振り向いた。




「みんな、またねー!手紙かくから!元気でね!!
 ジュン君!行こ!」


「え?!」



ナオコはジュンの手をとると、校門の外へ走り出した。
走りながら後ろを振り向き、友達に手を振った。







*********************************






― 7 ―






手をつなぎながら二人は走った。
学校の傍にある公園まで走った。

走りつかれて息が上がっていたが、
ナオコが口を開いた。





「あ、あのね、家に忘れ物があってね、それを取りに来て、
 帰りに寄ってみたんだ。」

「そうなんだ」

「ごめんね、急で。本当はチョコ渡した時に、転校のことも
 云おうと思ったんだけど、なんか云えなくて…、ごめんね」




二人の間にひゅぅぅと風が流れ込んだ。




「え、えっと…、…、また逢えるかな?」




ジュンは訊くのが怖かった。
でも思い切って云ってみた。

ナオコは黙ったまま、
ジュンの顔を見ているだけだった。


彼女がうつむいて視線をすっと落とした時、
ジュンは手に持っていた画用紙を、ナオコに差し出しながら云った。






「これ、描いたんだ。あげるよ。」


「え?」






ナオコは渡されたものを見ると、目から涙が溢れてきた。






「こ、これ私?、描いてくれたの?」


「ずっと、とっといて。」






ナオコは、何度も何度も大きくうなずいた。


ジュンも泣いた。




おばあちゃんが死んだ時、
飼っていた犬が死んだ時、
父親に怒られて悔しかった時、
幼稚園の友達と別れる時、




そのどれとも違う涙であった。






その日が、ジュンにとって、

初めてのホワイトデーとなった。



































060210
taichi



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