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- 2004年10月31日(日)
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- 犬エッセイ《ダックス・イン・ザ・パーク》―5―「公園」
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ダックス・イン・ザ・パーク DACHS IN THE PARK ハラタイチ 書き下ろしロングエッセイ―その5―
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別名「犬バカ日誌5」。
5
(1を読んでいない方へ。 注…「お嬢」=「彼の愛犬であるメスのミニチュアダックス」)
今日のような澄み渡った空の日になると、なぜに人は公園へと集まってくるのだろうか。 一面に広がる空の下、青枯れた緑の上、集う人々の姿を眺めながら彼はぼんやりと考えた。 犬連れ、家族連れ、恋人連れ、老夫婦、スケーター、草野球、楽器吹き、フリマなどなど、 連れ立ったり目的がある輩はさておき、寝そべって只空を眺めてる人のなんと多い事か。 「なぜ公園に来るのですか?」と彼等に訪ねたならば、何と答えるのであろうか。 何か目的があって来た人であっても、「トランペットを吹きたいから」と答えるより、 「そこに公園があるから」と答えた方が、実はしっくりくるのかもしれない、と彼は思った。 だとすれば、ただ寝そべっているだけの人に同じ事を聞いたならば、何と云うのだろう。 「そこに公園と空があるからだよ」とか、もしくは「だって公園日和じゃないですか」などと、 云うのかもしれない。その人達にとって、公園と青空の二つは必須条件であるかのように。 彼は自分なら何と云うのか考えた。「そうだな…空と公園と…、
その時、突然話しかけられた。本日8人めのお客様だった。
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【8人め】Mさん(女性/45歳)、名称不明(チワワ/1歳ぐらい)
「あらやだっまぁ〜かわいっ!なんか足元で動いてると思ったら、こんなおチビちゃんが いるなんてまぁ〜小さいわぁ〜、何歳なのこの仔?え!5ヶ月!あらやだだから小さいのね〜 え、今日が初めてのお散歩なの〜!よかったわね〜おチビちゃんっ!〜あらやだわぁ〜…」
「ザ・オバちゃま」とも云うべきコテコテのオバさんが背後から突如話しかけたので、 呆としていた彼は思わずビクっと身体を振るわせてしまった。パープルとビリジアンと黒の、 これぞオバ柄という服を召して、くどすぎるほとに白くて丸い真珠のネックレスを下げた オバちゃまは、胸の前に白いチワワを抱いていた。チワワの首が左右に揺れる程に頭を撫でながら、 オバちゃまは矢継ぎ早に質問してきた。「あらやだぁ」を何度も挟みながらリズムをとる癖なのか、 喋りに圧倒されつつ褒め殺された彼は、まあ悪い気はしなかった。オバちゃまに撫で付けられていた チワワの眼が涙目になっていて、見つめられるとアイフル父さんの気持ちが分かった気がした。
突如話しかけられて我に返ると、大屋根の下で寛いでいた家族やカップルから、一斉に視線を 浴びていた事に気付いて、彼は少々身じろぎした。もちろん見つめられていたのは彼ではなく、 足元のお嬢なのだが…。同時に、リードがずっとピンと伸びたままになっているのにも気付いた。 お嬢がひたすら周りにいる人に近付こうと、懸命に匍匐前進を繰り返していたのである。
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大屋根を抜けて芝生広場へ下っていった。彼は、お嬢がミサイルのごとく一気に走り出すかと 思ったが、慎ましやかに彼の後を付いて歩いていた。 クルマを下りてからここまで、彼にナルシズムを芽生えさす程の視線を集め続けて来たが、 芝生広場に入ってからは、何故だろうか近くにいる誰一人こちらを見ようとしない。 少々拍子抜けしながらも、彼は「まあ別にそのために来たわけじゃないし」と芝生の上を お嬢と歩いていく。目指すは「ダックス山」と呼ばれる小高い丘であった。
「ダックス山」というのは公園内の正式名称ではない。芝生広場の丘の或る場所が、 たまたまダックスオーナーがいつも集まっているために、オーナーたちの間でそのように 呼ばれているのである。以前、オスのブラックタンとこの公園に来た時はよくこの場所に 寄って、ダックスオーナー同士、ダックス同士、一緒に交流をしたものであった。
彼は、オーナー達との交流を愉しむというよりは、この丘に座って缶コーヒーでも飲みながら、 お嬢が芝生の上を飛び回っているのを眺めようと考えていた。大屋根の下にある自販機で 買った缶コーヒーをジャケットのポケットにしたためながら、彼とお嬢は丘の中腹あたりで、 足を止めて腰を下ろした。とりあえず公園内はノーリード禁止であるため、リードは繋げたまま お嬢を芝生の中へ放置した後、彼は缶を明けて一口すすりながら、息を「ふう」と空へ向かって ゆっくりと吐いた。お嬢はもそもそと草の間を歩きながら、緑の薫りを鼻に擦り付けていた。
風景の色彩と薫りが溶け込んだ空気の粒が、ゆるりと彼の肌を撫でていく。 深呼吸してその粒を口の中に入れてみると、長雨の余韻をほのかに残す湿り気が舌先に触れる。 五感で味わう風景。部屋での五ヶ月を過ごした文字通りの「箱入り娘」には、外の世界は どんな風に感じているのだろうか。お嬢は自慢の鼻を頼りに、未知の世界を感じようとしていた。
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「わっ!かわいいっ!」
またしても突然背後から話しかけられた。 彼はビクっとして振り向くと、本日9人めのお客様となる大学生位の女の子へ向かって、 お嬢は草むらを掻き分けながら得意の匍匐前進を開始していた。
(6へつづく)
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