時の風車
DiaryINDEX|past|will
朱子学 投稿者:元人 投稿日: 6月15日(木)18時36分17秒
儒教が江戸時代というものの、(幕府政策。
それが、武士階級に対してると・・神社仏閣の仏教や修げんじ、
明治は神社。
江戸時代庶民にとっての儒学とはどんな用になってくるか。
infrastructure 投稿者:監視 投稿日: 3月19日(土)04時54分9秒
港湾 など、・民間の海運業により。
infrustration 投稿者:管理 投稿日: 3月19日(土)04時49分48秒
江戸時代のインフラ整備は、城郭建築を中心として、
城下町、街道、橋脚 ・
橋も高度な技術。
寄席 投稿者:kanri 投稿日: 1月 2日(日)03時48分37秒
近世に寄席は在って、落語や講談を 演じていたのだろうか。 江戸 京都 大阪 ?
安政5年 投稿者:k 投稿日:12月29日(水)16時15分55秒
コレラの流行
安藤 の生涯 投稿者:管理 投稿日:12月29日(水)16時00分51秒
広重は、明治まで生きたのでしょうか。
東海道53次 投稿者:kanri 投稿日:11月24日(水)19時31分6秒
安藤広重 版画とは、共同作業ですが。
文人画というのか、いまいちおもしろくないと笑 いう中で、街道の旅心も含めて、ばっちりですね。 ぼくが持ってるのは、永谷園(お茶漬け)のおまけです。
ホツマ伝え 投稿者:kanri 投稿日:10月14日(木)02時53分24秒
近世に研究が始まったとか。(真秀伝)
当然、本居宣長は、知らなかったわけですね。
記紀万葉には打ち込んだ。
折口全集の索引に、真秀国 の語はある。 まだ、本文見てないが、 富士山麓の国があったというそれのことか。 それとも、この国を詠んだ和歌なのか。?
武士の生活 投稿者:管理 投稿日: 8月22日(日)18時56分2秒
侍 。有閑階級は、上級武士 中級武士 下級武士 の中で、役職は、回り持ちであろう。
わからん。スポーツ、弓道は、庭でもできたようです。
灯油 投稿者:zuihitu 投稿日: 7月22日(木)20時14分44秒
この時代、灯油は、菜種油である。 石油製品は毒だが、S (硫黄分)があるからか。
千国街道 投稿者:te 投稿日: 7月12日(月)05時44分24秒
当然、千国街道、中仙道、江戸、と参勤交代大名行列のるーとにもなり、 ところで、「北国随筆」であったかな。あれれ、「北越雪譜」だ。 それは、もっと西の金沢のほうでありましょうか。
古典落語 投稿者:ずいひつ 投稿日: 5月25日(火)22時15分35秒
江戸時代は、講談と言うていたのかもしれない。 当時の出版物としては、講談本に入るのだろう。
狂言に殺到 投稿者:zuihitu 投稿日: 5月13日(木)01時42分23秒
舞台ではあるが、だから読書ではだめと言うことは無い。 そのような教師は失礼です。 一度でも狂言を見たならば、読書によって測り知ることはできるのである。 おおいに、読むことでよい。 無論 舞台がある。それがすばらしい。
三舟 投稿者:te 投稿日: 4月13日(火)21時26分2秒
泥と鉄が親戚、勝と鉄が初めて会うのが、駿府に交渉に行く前という。 泥と勝は・・・ いずれにせよこの3人、勤王的、不戦派となる。 鉄と泥は、清川と親しかった。:浪士隊の謎。 坂本は勝の海軍の弟子だった。 勝が、西郷を公武合体を捨てさせ倒幕に向かわせた。 この三舟、幕府に失望し、左遷されたり、いささか、 反抗的にすぎたのではないか。 勝と小栗が対立。
黒龍の柩」 投稿者:te 投稿日: 4月 3日(土)18時27分57秒
北方氏は、自著「三国志」について、 夢を持って夢に向かって生きた人々 の姿を伝えたかった、と語った。 (NHK「人間講座 三国志の英傑たち」) 「国龍の柩」でもそれはあるであろう。 しかし、テーマは、死というものが、色濃く のしかかっているように思われる。 新撰組の職務上、明日の命も知れない。 それと、労咳があった。 松本良順は、肉食を薦めた。 だから、死を計算に入れて生きた。 死ぬことは、軽くてはならず、 死は重くしなければならない。 生き残り、行き続けて見ることも また、隊士の責務として?あったのである。 山南啓助は、労咳で死んだのか。?
(NHK新撰組があった年は2003かな?)
|