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「わんちゃん、飼ったんやね〜」
ワンコをブラッシングする手を止め見上げると、 半年ほど前に引っ越した前田花子さん(仮名)が立っていた。
花子さんは、引っ越した後も時折ご主人と共に顔を出す。 ご近所の親しいお宅を回って、近況報告をしているのだ。
花子さんは、ご主人の前田太郎さん(仮名)を手招きした。
「ほらほら、ゆうさんとこのワンちゃん、かわいいわよ」
花子さんも犬を飼っていたが、昨年老衰で亡くした。
「花子さんは、もう犬は飼わないんですか?」
「今から飼ったら、犬が逝くより自分が逝くのが先になるわ」
50代後半の花子さんは、真面目な顔で答えた。
ご主人の太郎さんも、還暦を過ぎている。 生き物は、最後まで見る責任がある。 健康に不安があると、犬が好きでも飼うのを躊躇するだろうな。
しばらくワンコ談義をしていたが、そのうち太郎さんの知り合いが そばを通り、太郎さんは、この場を離れた。
花子さんは、ふぅっとため息をつきながら太郎さんに目を走らせ、
「引っ越してから、喧嘩ばかりなの」と話し出した。
ご主人が定年を迎え、24時間顔を合わせるようになり、喧嘩が 絶えないのだそうだ。
「私のする事が、何もかも気に入らないみたい」
花子さんは、あけすけな性格だ。 なんでも、包み隠さず話す。
「旦那が、喧嘩するたびに『離婚だ〜』と叫ぶんよ」
テレビでもよく取り上げられる夫婦の危機ですね。 たぶんうちも、似たようなもんでしょう。
うちの夫も、私が逆らうと「離婚だ〜」と怒鳴る。 なのに、次の日には「んなこと言ったか?」みたいな態度だ。 男は、一度吐いた言葉には責任を持ってほしいものだ。 (つまり、離婚したいって事か?)
花子さん夫婦は、寝室を別にし、それぞれ起きたい時に起き、寝たい時に 寝ることで、バランスをとっているようだ。 太郎さんが家庭菜園の趣味を見つけた事も、夫婦の危機回避に一役かって いるらしい。
さて、10年後、私に花子さん夫婦のような暮らしはできるのだろうか? 昨夜、ほんの一時間夫と話しただけで、朝から胃が痛いのに…。
旦那さんの文句を言い続ける花子さんに、こうとりなした。
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